5歳
真新しい団地住まいの1階
外から階段を五段か六段のぼると
もう
家のドアがある
玄関を入ると
すぐ右にぼくの部屋
勉強机があって
べつの壁際にはベッド
灰色の鉄製の一段ベッド
冬は縁の鉄が冷たくて
触るのが厭だった
勉強机の上には大きなガラスの水差し
これを水槽として使って
小さめの金魚や
海で取ってきたカニや
近くの川や田で取った小さなカエルなどを育てた
いろいろな水生動物を入れたということは
いろいろとすぐに死んだということ
カニが死ぬとどれほど臭いか
この水差しの水槽で学んだ
陸を作らずにカエルを飼うと死んでしまうのも学んだ
金魚には白雲病ができやすいのも学んだ
夜にじぶんの部屋にいるのはちょっと怖かった
夜の廊下の闇も怖かったので
部屋を出て台所や居間に行くまでが怖かった
じぶんの部屋を出ると
正面に窓のある洗面所があって
その両脇に風呂とトイレがあったが
夜のそのあたりはかなり怖かった
眠ってから夜中に起きてトイレに行きたくなったりすると
暗闇のなかを歩いて行って
電気のスイッチをパチッと点けなければいけない
明かりが点くまでのちょっとのあいだがすごく怖かった
すごく怖かったので目をつぶって廊下を歩いて行った
廊下といっても大した距離もないのだが
そのわずかの距離の闇がどうしようもないほど怖かった
ときどき子ども用の漫画週刊誌を買ってもらったが
少年キングには毎号に怖い話の漫画ページがあった頃で
安達ヶ原の鬼婆の話が漫画になっていたことがあった
たった1ページの8コマほどの漫画だというのに
それが5歳には怖くて怖くてたまらず
絵からお化けや妖怪が本当に出てくると信じてもいたので
鬼婆が出てこないようにと
机のわきのゴミ箱の上に置いてみたがやっぱり怖くて
ゴミ箱のなかに雑誌を入れてみたがやっぱり怖くて
とうとうそのページを破ってくちゃくちゃに丸めて捨てて
その上に雑誌を置いて蓋にしてみたら
ようやく怖くなくなって眠れたことがあった
破壊と封印の魔除け術を自己流で開発した夜だった
たったひとつだが
怖さの克服ということを経験してみた
ぼくのはじめてのひとり部屋
いまでも
いつになっても
ぼくにとっての部屋というものの概念の基礎となるようになった
懐かしい小さなほんとうの故郷
外から階段を五段か六段のぼると
もう
家のドアがあって
玄関を入ると
すぐ右に
ぼくのあの部屋
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