2022年6月14日火曜日

我、生まれてこの事にあふ、身の幸ひなり。


 


小学生の時に愛読した『保元・平治物語』の

―もちろん学童用書籍だがー

古くなった本が

昨年

八十一で死んだ叔父の

ゴミ屋敷から

ひょんなことで僕の手元に戻ってきた

 

流れ流れて

従妹の学童時代の書架に

長い歳月

眠り続けていたのだ

 

手に取ってみると

学童用とはいえ

なかなかうまくまとめた文章で

しかも

思っていたよりはるかに長い

 

これをどこかで偶然みつけて読んだのは

たしか五年生の頃だと思うが

スーパーヒーロー源為朝や

平治物語のヒーロー

悪源太義平の大ファンになって

小学校高学年の日々は

子どもながらに

いっぱし武士になった気持ちで

けっこう意気揚々と楽しく過ごした

物語というもの

日本史や歴史というもの

古典というもの

それらへと

大きく関心は引きこまれて

それまで科学興味一辺倒だった少年を

まったく違う道に向かわせたのが

この『保元・平治物語』だった

 

学童用の本を

いまになって読み返す気持ちはないが

『保元・平治物語』の原典はいつも手元にあるので

あれこれページをくるうち

やっぱり引きこまれてしまって

いそがしい最中

ゆっくりゆっくりと読み直しはじめている

 

『平家物語』にくらべれば

完成度はなるほど劣るともいえるし

『太平記』ほどの執拗な描き込みにも欠けるが

それでも久しぶりに見ると

事実なんぞ無視して暴走する物語魂はみごとで

なかなかエスプリある描写も冴えていて

ひょっとしたら

抹香臭すぎる『平家物語』などより

軍記物ではいちばん面白いのではないかと

思い込みの修正を迫られる

 

天皇家の内紛

藤原家内の内紛にあわせて

源氏内の内紛や平家内の内紛も重なったところに

保元の乱は勃発するが

ここのところが

身内こそ敵である人間なるものを

よくわかっているなあと思わせられ

読んでいくうちに

ふたたび

また

保元平治主義者になっていきそうになる

 

左大臣頼長に合戦のやり方を聞かれ

(この頼長って奴がダメな奴なんである)

答える時の為朝の言葉に

自分の強弓を誇り

これを避けられる者は

今回敵側となった兄の義朝しかいないと言い

清盛なんぞは敵にもならないと

馬鹿にするところがあるが

これを原文では

 

義朝ばかりこそ防ぎ候はんずらめ。

内甲(うちかぶと)射て射落とし候ひなんず。

また清盛なんどがへろへろ矢は何事か候ふべき。

 

と書いている

中世に書かれた本に

清盛なんぞの「へろへろ矢」とあるあたり

なんとモダンな言語感覚!と

驚き直してしまう

この楽しさ

 

為朝がありさま、

普通の者には変はりてその丈七尺ばかりなり。

生まれつきたる弓取りなれば、

弓手のかひな四寸まさりて長し。

これによりて矢束を引くこと十八束、

弓の長さは八尺五寸、

太さは長持ち朸(おうこ)のごとし。

弓の力はなべての人三人にしてこそ張りたりけれ。

 

背丈は2メートル10センチあまり

生まれつきの弓の名手で

左腕が右より12センチ以上ながく

使う矢の長さもふつうより長く

使う弓も2メートル57センチ以上で

その太さは衣類などの箱をかつぐ棒のようで

彼の弓の弦を張るのには

三人がかりで張るほどだった

と記されていて

『古事記』の頃の天孫降臨の一人のような

為朝の超人ぶりに

小学生の頃はすっかりやられてしまったのが

思い出される

 

為朝の兄にあたり

頼朝や義経の父にあたる源義朝も

彼らに勝るとも劣らぬ武者で

親子兄弟敵対することになったのに

保元の乱に遭遇したことを武士として喜び

 

我、生まれてこの事にあふ、身の幸ひなり。

私(わたくし)の合戦には

朝威に恐れて思ふやうにもふるまはず。

今、宣旨をかうぶりて、朝敵を平らげ賞に預からんこと、

これ、家の面目なり。

芸をこの時にほどこし、命をただ今捨てて、

名を後代に上げ、賞を子孫にほどこすべし。

 

私的な戦いでは朝廷の権威を恐れて

思う存分戦えないが

今回は天皇の宣旨をもらっての戦いなので

思う存分暴れられるし

死ぬのも名誉となるし

良いことずくめ・・・

まあ

武士の鑑のような

宣言

 

武士の世は

頼朝などからではなくて

この

義朝の豪胆さや

為朝の超人ぶりの大暴れからこそ

始まったのかもしれない

 

義朝は

保元の乱では

敵となった父の為義を斬首し

平治の乱では

息子たちとともに自分も斬首され

妻の常盤御前は

幼な子の今若と乙若と牛若を連れて

立春を過ぎたとはいえ寒い日

清水寺から逃げ落ちて

雪の中を彷徨していくことになるが

 

我、生まれてこの事にあふ、身の幸ひなり。

 

という彼の言葉は

運命の浮沈や

一家の悲劇などを越えて

どこか溌溂とした

人生万端への態度表明と聞こえて

いつまでも忘れがたく

心地よく

僕のこころに響き続ける






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