2022年8月5日金曜日

ガンジス河

 

 

 

地獄の小径は希望でいっぱいだという。

よかれとの願い、希望、夢、虹、理想などで。

それに比べ、天国の小径ときたら、まったくの空っぽだ。

ラージニーシ(OSHO

 

 


 

いろいろなことが

つぎつぎ起きているようだが

どれも

すぐに

忘れられていく

 

仕組まれた事件の

数々など

真性の事件なるものの備えているべき

オーラのようなものが欠けすぎているせいか

ひとびとの心を

すぐに惹かなくなっていく

 

それら

テレビの知ったかぶりのキャスターや

専門外もいいところの

芸人やおしゃべり役のなんやかや

弁護士だか

もとはなにかの医者だったようなのや

タレント

といっても

もう新作映画の主要な役には

とうに呼ばれなくなった型落ち品たちが

わあわあわあと

ああだこうだと見え透いた対立を演じたりして

プレゼンしてみせる

例の

オジイチャンの頃からしーあいえー作成の

人民誘導用小細工ニュースで

扱われるものの

あれやこれや

よりも

 

たとえば買い物に行った時に

どの店でも

平気で持ち帰り袋を出してこないで平然としていることのほうが

くさくさし

むかむかし

手製の二砲銃でも作って

ぶっ放したろか

と思わされ続けている

 

ワンランク上の店は

ちゃんと今でも紙袋に入れてくれたりするが

低レベル店ほど

持ち帰り袋平然とナシ度

はひどい

 

なんといっても

いちばんヒドイのは100円ショップで

こちらのトートバックをいっしょに差し出して

ここにいれて!

と言っても

平然と入れないで黙ってほったらかしているバイトが多い

レジ袋廃止を決めたことと

店員として客の袋に入れないこととは

当然ながらカテゴリーが違うので

買ったものの袋入れをしないほうがおかしいのだが

見るからにノータリンの女子高生や女子大生っぽいのは

レジ台の上の商品を

いつまでも黙って見ている

うしろに客が並んでしまっていても

まずは釣りとレシートをていねいに財布にしまってから

こちらもわざとのんびりとトートバックに入れるようにするので

時間が掛かりまくりなのだが

ノータリンの女子高生や女子大生っぽいのは

まるで知らん顔である

こちらも輪をかけて知らん顔で

10品目近いものを買った時なども

ゆっくりとバックに入れたりするので

なんだか悠久の時が流れる一端に触れているような気になる

100円ショップのレジを

わたくしは最近

ガンジス河と呼ぶようになってきた

バビロンの流れのほとりにて

などと

懐かしい呼び名も

そのうち使いたくなるかもしれない

 

フランスのスーパーのレジは

だいぶ前からベルトコンベア式で

本当にゴムのベルトコンベアがまわっていて

支払いが終わると

レジ係はベルトコンベアを動かして

客の買い終わった商品の山を

情け容赦もなく外へと追いやっていく

完全セルフサービスもいいところだ

客はぜんぶ自分で袋詰めしないといけない

ぐずぐずしていると

次の客の買い終わり商品が

同じようにベルトコンベアで流されてきてしまうから

支払いが終わった瞬間から

老若男女の客たちは大慌てで

たくさんの買い物をレジ袋に入れはじめる

おフランスといえばなんであれ優雅だと

バカのひとつ覚えのように思うニッポンジンに

あれをぜひ見せてやりたいと

もう数十年前から思ってきたが

あそこまで即物的に分業になっている国に生きてみれば

それはそれ

諦めもつくというもの

ニッポンのように中途半端にサービスっぽさが染みていると

いちいち心には荒波が立ちがちで

どうせなら

アウシュッビッツにしちゃえばいいのに

と思ったりする

 

アウシュッビッツに

ほんとに

なっちゃったけどね

 

いや

なに

ヘンなお注射の

こと

だけど

 

ご愁傷さま

 

 




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