自殺だったといわれる
失恋のせい
だとか
とも
安定した
裕福な家のしあわせな奥様にして
たっぷりとした能力のある
よく知られた歌人
五島美代子
の
才媛である長女が急死した理由は
娘の死を歌った
一連の挽歌が残されているが
名作ぞろいで
21世紀の現代において
文庫などで
人の手に容易に入らない状態にあるのを
残念に思う
文化というものの実相は
そんなところにこそ
現われる
この国の文化が
良い状態でないのは
五島美代子などを
誰もが知っているわけではない
というようなところに
露わに見られる
この向きにて
初(はつ)におかれしみどり児の日もかくのごと
子は
これなどは
好きな
というより
忘れがたい歌で
きびしく
潔く
簡素で
歌というものの精神を
よく伝えてくる
短歌は
なるべくはじめから
言葉の並んでいる通りに意味を取ろうとしていくところに
楽しみがある
ひと言ひと言ずつ進む
全体が
すぐには見えてこないというところに
楽しさがある
「この向きにはじめて置かれた赤ん坊の日も」
と最初の部分で言い
その後で
「このようにこの子はものを言わなかった」
と結んでいっている
生まれて
産院からはじめて家に連れてこられた時に
赤ちゃんだった娘を
家のこの場所に寝かしたのだろう
生まれたばかりなので
ものを言わなかったのだろう
眠っていたのかもしれない
その同じ場所に
いま
ふたたび
娘を横たえている
いま横たえられている娘も
なにも
ものを言わない
亡くなった後
家に遺体を運んできて
横にしたところだ
人を横にするのに
この家では
その場所がちょうどいい場所だったのかもしれない
娘が生まれて
家に連れてきて
はじめて寝かせてみたのと同じ場所に
死んで帰ってきた娘の遺体を
たまたま
横たわらせることになった
自分の娘の短い人生の
最初から最期までを見た母親として
嘆きの言葉を一切使わず
作られた短歌
娘の遺体を目の前にしながら
はじめて家に連れてきて
この場所に横にしてみた赤ちゃんの時のことが
ありありと思い浮かぶ
母は
同時に
ふたつの時間と
ふたつの娘の姿を見ている
そのふたつの時間
ふたつの光景のあいだにあった
無数の時間
無数の娘の姿をも
次々と
思い出している
自分の感情をまったく語らずに
事実だけ
正確に伝えるという表現のしかたを採ったことで
読む者は
沈黙させられてしまう
感情とは
なんだろうか?
感情とは光景であり
最低限の単語で
人を光景へ送ろうとする意志の
体温である
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