かくてもあられけるよとあはれに見るほどに……
吉田兼好 「徒然草」第十一段
ごくごく幼いころも
文字はまわりに満ちあふれていたけれど
気にもしなかったし
読もうともしなかったのは
それがなにかを意味するとは
思わなかったからか
幼稚園に入って
はじめて
文字
というものと直面した
ひとりひとりの
いろいろなものを入れておく
「お道具箱」
というものを与えられ
カスタネットや
クレヨンや
画用紙などをそこに入れ
ものを整理したり
保管する
という行為の
手ほどきを受けた
その箱の正面に
白い太字のひらがなで
「するがまさき」
と横書きされていて
これがじぶんの名だ
と言われ
じぶんの名はこう記すのだ
と言われた
こうして
まずは
ひらがなの
す
る
が
ま
さ
き
を覚えたのだが
これらで構成される
「するがまさき」を
これを読むじぶんそのものだとは
なかなか
思い込めなかったし
抗うわけでもないものの
納得がいかなかった
白い太字の
「するがまさき」を
暇があるたび
たびたび見て
発音してみたが
そうするうち
逆向きに
「きさまがるす」
とも
読んでみるようになった
「するがまさき」が
じぶんを指すのなら
「きさまがるす」だって
じぶんを指すはずではないか?
どうして
「きさまがるす」では
いけないのだろう?
そう思って
じぶんひとりの時には
「きさまがるす」だ!
などと叫んで
見えない悪者にむかって
空手の型を構えたり
蹴りを入れてみたりした
文字とのつき合いのはじまりは
「するがまさき」や
「きさまがるす」との
つき合いのはじまりだった
ここから
「きさまァ!」という
乱暴なことばや
ガウスという数学者や
そこから来た
磁束密度の単位としてのガウスや
留守ということばへの
理屈を超えた奇妙な親近感を
生涯抱くことになった
ウルトラマンが流行った頃には
キサマガルス
という怪獣がいるような空想も
たびたびしたし
もっと成長してからは
齧った仏教哲学に影響されて
運命的に
「貴様が留守」
という真理を名として与えられたような
気持ちにもなり
そうか!
ぼくの本質は「留守」であり
空であり
空虚であると
あらかじめ名付けられていたのか!
と気づいたり
してみたものだった
そうして
それなりに長い
地上滞在時間を経てきてみると
「貴様が留守」
を体現した人生となったのであったなァ
と驚かされるし
さらには
どんどんと
珍怪獣キサマガルスに
なっていきつつあることでもあるなァ
と
気づかされつつもある
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