2024年10月4日金曜日

なんと長くからだは泳いでいったことか


 

 

 

 

福井県沖で見つかった遺体は

能登の豪雨で行方知れずになっていた

中三の女の子らしい

という

ニュースを見た

 

輪島から

福井の海まで

なんと長く

からだは泳いでいったことか

 

その長い海旅が

思われた

 

むかしのテレビドラマ

佐々木昭一郎の『紅い花』*

思い出した

 

語り手は

東京大空襲の夜に

猛火から逃げようとして

妹と川に飛び込んだ

 

語り手は気を失ったらしく

気がついてみると

妹はいなかった

その後の彼の人生は

妹をさがす人生となった

 

『紅い花』は

支流のひとつから隅田川までの水面を

水に接するばかりに

すれすれに

カメラを寄せて撮り続けた

92秒ほどの長い映像に

語り手のこんなひとり語りをかぶせつつ

終わっていく

 

気がついてみると

そこは言問橋のすぐ下だった

ぼくは火のついた丸太にしがみついて

川から這い上がった

川は死体の山だった

 

メガネ屋のおばあさんは吾妻橋の下で死んでいた

畳屋のおばさんは涙橋で見つかった

みんなこの川で死んだ

 

ぼくの顔は火傷だらけになっていた

ぼくはぼろ切れを見つけて顔に巻きつけた

川に映った僕の顔は狐のお面にそっくりだった

 

戦争が終わり

町にはアメリカ人の牧師がやってきた

教会ではじめて教わった歌は

ぼくらが日ごろ歌っていた

「たんたんたぬき」だった

それは聖歌687番のリバーソング

川を歌った曲だった

 

それから妹を探す日が続いた

 

妹と

どの川に飛び込んだのか

今でも思い出せない

いろんな川が隅田川に流れ込んでいたから

 

妹は

きっと

川を下って

海に行ったのだろう

 

 

なんと長く

からだは泳いでいったことか

と思う

 

きっと

川を下って

海に行ったのだろう

 

 


 

 

*佐々木昭一郎『紅い花』(1976年、NHK「土曜ドラマ』、31回文化庁芸術祭大賞)

https://www.youtube.com/watch?v=LGx0Aqr4Ae8&t=34s

 

 




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