2022年9月21日水曜日

宗教は厳禁されねばならない

 

 

 

宗教は圧迫された生き物の溜め息であり、

無情な世界における心情であり、

精神なき状態の精神なのである。

宗教は民衆の阿片なのだ。

カール・マルクス 『ヘーゲル法哲学批判序説』*

 

 

 

 

カルトはいけないという

しかしカルトと宗教は違うという

信仰の自由は認められないといけないという

 

ちがう

 

どのようなものであれ

宗教は厳禁されねばならない

 

信仰が認められてはならない

 

政治思考において

神も仏もないということ

それらが混入してはならないということが

政治の基盤でありすべてとならなければならない

政治とは社会そのものだから

社会からも宗教は一掃されねばならない

 

先祖供養も厳禁されねばならない

 

なにを甘えたことを続けているのか

 

神

仏

先祖霊

それらがあって

政治と社会はそれらを礎として保持し続けるべきと要求するなら

現代社会の

悪徳医療者どもお得意のあの言葉を使って求めよう

「エビデンス」を提出してみよ

と

 

さあ

どうだ

神

仏

先祖霊

それらが存在するということについて

猫も杓子も口にする

「エビデンス」を提出してみよ

 

この物質界の地上にあって

虚妄に浸って

神

仏

先祖霊

などの単語を

金儲けの道具として握り続けようとするのなど

いい加減にせよ

 

民衆に幻想のうちだけの幸福感を与える宗教を廃棄するということは、民衆に現実の幸福を与えることを要求するということである。民衆に、みずからの現実の状態についての幻想を放棄すべきであることを要求するということは、幻想を必要とするような状況を廃棄することを要求することである。だから宗教批判とは、嘆きの谷への批判の萌芽である。嘆きの谷に聖なるものという仮象を与えるものこそ、宗教だからである。

カール・マルクス『ヘーゲル法哲学批判序説』*

 

 

 

 

*ともに中山元訳。『ユダヤ人問題に寄せて/ヘーゲル法哲学批判序説』(マルクス、光文社古典新訳文庫、2014)





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