2024年8月27日火曜日

愛と口にしない人として

 

 

 

ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ

   宮澤賢治 『雨ニモマケズ』

 

 

 

 

なにかというと

愛

という人たちがいる

 

そういう人たちの界隈がある

 

愛

が大事なのだという

 

愛

こそがすべて

とまで

いう

 

そうかと思うと

愛

とは

なにか?

と

いつも考えている

 

そうして

むずかしい議論を

開陳してくれさえする

立派な哲学大系のよう話を

諄々と

してくれる

 

そういう話では

「とはいうものの…」

とか

「しかしながら…」

とか

「注意しておかなければならないのは…」

とか

「事はそう単純ではない…」

とか

ひっくり返しや

つけ加えを継ぎ足すことばとともに

無限に尾ひれがつく

 

これでは

アリストテレスとか

トマス・アクイナスとか

カントとか

ヘーゲルとか

ハイデガーとか

マルクスなんかを

すらすら読んで

勘どころをさっさと

口頭でまとめられるような人でないと

永遠に

愛

とはなんであるか

わからないだろうな

と思わされる

 

わたしは

人類のなかで

もっとも

愛

と口にしない人

 

愛

とはなにか

ぜんぜん

わからないし

だいたい

愛

ということばは

必要ない

と思っている

 

大事にする

やさしくする

かわいがる

ていねいにする

気にし続ける

困っているようなら手を差し伸べる

傷ついているなら助けてやろうとする

などの

生活のなかで実感のつかみやすい言い方で

たいていの

愛

は翻訳できると思う

 

これらに翻訳できず

実感がつかみづらい場合

愛

は危険だとも思う

 

なにかというと

愛

愛

というのに

じぶんの視野に入るところで

じぶんの耳に聞こえてくることとして

どこかの誰かが

小突きまわされて困っていたり

病苦に苛まれていたり

傷つけられたり

殺されそうになっていたりするのを

平気で

あるいは

しかたないといって

どうにもならないといって

放っておく人たちの

愛

とはなにか?

と

よく思う

 

人類のなかで

もっとも

愛

と口にしない人

わたし

なら

この世のどんなことも

平気で

あるいは

しかたないといって

どうにもならないといって

放っておける

 

愛

が大事なのだ

とも

いわないし

愛

こそがすべて

とも

いわないし

愛

とは

なにか?

とも考えずに

実感しやすいやりかたで

大事にする

やさしくする

かわいがる

ていねいにする

気にし続ける

困っているようなら手を差し伸べる

傷ついているなら助けてやろうとする

などのことを

したりは

する

 

愛

と口にしない人

として

あたりまえに

 





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