「あの頃がいちばんよかったな!」とフレデリックは言った。
ギュスターヴ・フロベール『感情教育』
C’est là ce que nous avons eu de meilleur ! dit Frédéric.
Gustave Flaubert 《L’éducation sentimentale》
ハロウインの日は
30年ほど親しんだ人の命日で
また
めぐってきたか
と
もう
悲しくもならずに
思う
だけで
やっぱり
ずいぶんと
いたずらな去りかただったな
ハロウインの日に
逝くなんて
と
また
毎年とおなじ
芸のない思いかたも
くりかえしたり
して
けれど
その前日の30日
用事が済んで
小田急線の湘南台駅から特別快速に乗ったら
前の席の端のほうに
30年ほど親しんだ人に酷似した人がいて
たびたび
見つめてしまった
ちがう人なのはたしかだし
ちがう顔なのもたしかだが
額から目のあたりや
鼻の付きかたが
30年ほど親しんだ人に生き写しで
角度によっては
その人そのものに見える
髪の色がちがうので
かろうじて
生まれ変わりと信じ込んでしまわないですむが
あれで同じ色の髪だったら
Apparition…!などとつぶやいて
マラルメしてしまいかねなかったかも
その人は代々木上原で下りたが
それまで
読んでいる本に集中もできず
何度も眺めつづけ
あしたが命日だという日に
どうして
こうも酷似した顔が目の前に出現したのか
それも
30年ほど親しんだ人が通勤していた湘南台から乗り込んで
頭を壁にもたせかけて眠る時など
30年ほど親しんだ人そのものの顔をしたりして
と思いつづけた
読むのに集中もできない本も
また
なんという偶然!
散文の教科書というべき
ひさしぶりに読み直しているフロベールの『感情教育』で
30年ほど親しんだ人が末期ガンで死んだ年に
免疫治療に付き添って行く際にも
高濃度ビタミンC治療に連れて行く際にも
ちょうど携えていた本
違いといえば
あの時にはフランスのfolio版のL’éducation sentimentaleだったのが
今回はLivre de Poche版のそれ
というだけのこと
読解の拡充と深化に役立つ懇切な注が
各ページの下に配された版で
あの人の死後9年目の今年
読み直しているところ
だと
いうこと
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