2024年2月28日水曜日

こまかな細工の施されるべき繊細な宝飾品

 


おだやかで

かぎりなく知識も吸収され

うきうきとして

こころ楽しい雰囲気を保っておきたいのなら

色やかたちを楽しみ

ものの整いを喜び

埃やよごれを清めて

花を愛で

こころに浮かぶ思いや

口から出すことばが

じつは

こまかな細工の施されるべき

繊細な宝飾品なのだと

よくよく

心得なおしておくこと

 

さわがしく

おだやかならず

ともすれば

むなしさの淵のほうへと

だれをも引き込んでいこうとする時代には

なおさら

 






これに明瞭に答えられなければ

 

 

たとえば

 

ひとりのひとが

べつのひとりのひとを殺す

 

それを止めたいなら

想像もつかないほど遠いところまで

目を走らせなければならない

目とともに

霊も

 

なぜ

殺されるひとが

いま

たまたま

あなたではないのか

 

なぜ

殺すひとが

いま

たまたま

あなたではないのか

 

これに

明瞭に答えられなければ

殺すのを

ほんとうに止めることはできない

 

明瞭に答えられるならば

殺しても

殺されないのが

見える

 

そうして

驚くほどかけ離れた距離が

いま殺すひとやいま殺されるひとと

あなたとの

あいだにあるのが

見える

 

同時に

あなたが

殺させ

殺されさせているのも

見える

 





つかむべき智とは


 

チベットの高名な行者

ミラレパは

川で魚を捕って食べる行者を

見たことがあった

 

肉を食べ終わって

骨だけになった魚の尻尾をつまんで

行者は川の水に踊らせる

 

すると

魚の肉は復活し

もとの姿に戻って

川のなかへ泳いで行った

 

この地上の修行界にあって

食べる

いのちを奪う

とは

こういうこと

 

どんな川の水に

どのように

どの瞬間をとらえて

骨を浸せばいいか

 

つかむべき

智

とは

こういうこと

 





すべての物がわたし

 

 

 

洗濯機での洗濯が終わって

タオルや衣類を

洗濯干しハンガーのピンチに留めていた

 

ピンチも

洗い終わったタオルや衣類も

わたしと繋がっている

わたしそのものだ

と

感じた

 

いつの頃からか

つよく

こう感じることが

くり返されるように

なった

 

つよく

でなければ

いつも

感じている

 

家のなかでも

外でも

 

どこへ行っても

場所に対して

違和感を

感じなくなった

 

どこも

わたしそのもの

だから

 

この場所は

よくないとか

いいとか

そういうことが

なくなった

 

調和を乱すものが

滞留していることはある

しかし

場所そのものは

わたしなのだ

場所に繋がれば

滞留しているものに

影響されなくなる

 

わたしの家のなかなど

まさしく

つよく

わたしそのもの

 

みずから選んで

集めてきたものが

家のなかには

並んでいる

わたしの精神が

引き込んできた物たちが

集まっている

 

整頓されていても

わたし

 

ときに

乱雑になっても

わたし

 

埃を

かぶってしまっていても

わたし

 

この地上世界と

どのように

かかわりあうか

どのように

触れていくか

 

すべての物が

わたしであるならば

 

すべてが

わたし

である以上は

 





2024年2月27日火曜日

カッコワルイナア

 

 

 

20歳下の妻がいて

17歳の長女と14歳の次女と10歳の長男がいる

という

64歳の社会学者の宮台真司が

44歳下の女子大生を愛人にしょうが

真の愛で結ばれていようが

そこは個々人の運命のオハナシなので

どうでもいい

 

週刊誌が騒ぎ立てるのに

同調する気には

べつに

ならない

 

けれども

セーターをぶかぶか来て

ダボダボしたズボンを穿いて

どこかのアニメの

とぼけたオジサンみたいな宮台真司が

女子大生と手を繋いで

ホテルへ向かうところを撮った写真を見たり

駐車している車の陰に隠れて

抱きあったり

キスしていたりする写真を見ると

カッコワルイナア

と思えてしまう

 

老いた男女が

入れ歯をガチガチぶつけながら

濃厚なキスをするところを描いたのは

老いた女の性愛を描くのに長けた圓地文子先生だったが

宮台真司の舌や唾を口に受けとめた女子大生は

どんな味を味蕾に感知したものだろう

 

そこも

個々人の趣味に関わることなので

べつに

どうこう言う気にもならないが

ただひとつ

とにかく

宮台真司が恰好わるいのだ

 

もうすこし

服装や

立ち姿や

歩き姿を

ピシッとしてやれよ

彼女のために

と

思ってしまう

 

寄る年波

というのは

恐ろしい

 

よほど

からだのあちこちに気を張っていないと

他人の目には

ふやけた

ただのジイサンである

 

じぶんが

ただのジイサンと見られるのは

べつに

かまわないとしても

ただのジイサンと

手を繋いでいる

美意識の欠落した女子大生

と

周囲から見られてしまっては

やはり

かわいそうではないか

 

ただならぬジイサン

と見えるように努めるか

ジイサンらしくなく

見られるように

努めるか

 

それが

相手の女の子への

配慮

というものではないのか

 

17歳の長女と14歳の次女と10歳の長男が

フォーカスされた

父親の写真を見て

オヤジ

けっこうやるじゃん!

と思うぐらいに

ちょっとは気張った姿を

見せてみる

場面じゃ

ないのだろうか





なんにもなかったのとおなじ

 

 

 

ともかくも

文化的なことなら

いろいろと見続けてきた

 

文化

というのは

人工的

ということで

作意的

ということで

つまりは

でっちあげの絵空事

ということ

だが

 

どんなに頑張ろうとも

鳴かず飛ばずで

終始しているばかりの

ひとたち

 

ちょっぴり

成功らしきものを

いちおう

手にはしたひとたち

 

大成功

といっていいだろうものを

まずは

手に入れたひとたち

 

いろいろなひとたちを

時代

時代

つぶさに

見てきたけれど

どんなひとたちにも

共通しているのは

時代の変化や

風潮の変化や

好みの変化に

ついに

だれひとり

抗することはできなかったこと

 

忘れさられはしなくとも

すっかり色褪せ

歴史の一資料のようになり

さもなくば

懐メロみたいに位置づけられ

若いこころを

ときめかせたりは

ぜったいに

二度としない

博物館の

埃をかぶった動物標本の

よう

 

小説に一家言持つかのような

若者たちが

野間宏をまったく読んでいないことに

驚かされるのだ

 

どれだけ

吉行淳之介が

文壇の権力装置だったか

もう

だれも気にもしないことに

驚かされるのだ

 

ひととおり

辻邦生を

ぜんぶ読んでおかなければ

という圧のあった

時代があったことを

知らないひとがいることに

驚かされるのだ

 

たいした見識でもないのに

なにかというと

加藤周一のご意見を伺うといった

雑誌やテレビばかりで

過去の花田清輝や

マスコミに出ない吉本隆明を思うひとは

鼻白むばかりだったのを

ぜんぜん知らないひとばかりなのに

驚かされるのだ

 

ともかくも

みんな

流れ流れて

消えていってしまった

 

過ぎ去ってしまえば

なかったも

おなじ

 

なんにも

なかったのと

おなじ

 





飽きが来てしまう

 

 

人界のことを

ひろく見続けようとすれば

この時代

YouTubeやSNSも

網羅的に

見なければならない

 

見ていると

ほかより興味を惹かれるひとたちが

出てきて

しばらくは見続けていくが

ああ!

YouTubeやSNSのかなしさよ!

数日も追ってみれば

かれらの特色にも

手くだにも

飽きが来てしまう

 

宮崎駿にも

新海誠にも

もう飽きてしまったように

 

寺山修司にも

唐十郎にも

むかし飽きてしまったように

 

三島由紀夫にも

村上春樹にも

そうそうに飽きてしまったように

 

そうして

ふと手に取り直した

謡曲集が

いたく面白く感じられたり

鴎外の史伝が

ほかのなにより

心の襞にぴったりと来る

慰安となったりする

 

 





伊東妙子

 

 

京都の子で

ひととき

愛したのは

伊東妙子ばかり

 

ほかのひとなら

鬱になる

とか

落ち込む

とか

暗くなる

とか

塞ぎ込む

とか

表現するような

とき

伊東妙子は

 

雲が流れてきて

しばらく

濃く留まっています

でも

待っていれば

大丈夫

また

流れていってしまうから

 

と

よく

言っていた

 

ベッドで

裸になると

いつも

顔を下に向け

両腕で頭をまるく包んで

天井にむけた

すべらかな背だけで

じぶんを守るようにして

卵のように丸まって

いた

 

卵のようだね

と

声を

かけたり

 

蛹のようだね

と

声を

かけたり

 

そうして

居たいんだね

 

そうして

居たらいい

 

いつも

そんなことを

言って

ちょっと離れたソファに

座って

ゆっくり

紅茶を

淹れていたり

した