船が港に入ると
わたしに最も愛された卵が別れを惜しんで床に落ち
しかし割れず
レストランフロアの奥の
開いていたドアから廊下へと転げまわっていって
その後はどこをどう辿っていったのかわたしにはわからないが
海へと飛び降りた
という
アーメン
おお 処女なる卵よ
海の神はおまえに敬意を表して
きっといつまでも割れることのないように水でやさしく守り
何年も何十年も
ひょっとしたら何百年も
塩のたおやかな海水でおもてを揉んで
ほどよい塩味を中に浸透させて
格別にうまい黄身と白身を育んでいってくれるだろう
ここまで
あえておまえの名を言わないで来たが
メアリ・きみこ・クラランス・ジェーンというのが
おまえの名
航海のさなかに卵を食べる時
わたしはいつもひとつひとつに名を付けて慈しみ
しばらくは指で貴重な玉のように回し
手のひらに取っては
両の手のひらでやわらかな餅のようになで続けたりするのだが
たいていは複数個載せてある卵台の上に
それぞれ名の付いた卵たちに
つい今しがたまで触れていた卵を戻しては
べつの卵を取ってみたり
それもすぐに戻して
また別の卵を取ってみたり
メアリ・きみこ・クラランス・ジェーンのことは
なぜか
すぐに食べてしまわず
何度も卵台に戻してはまた取り
また戻しては
また取り
をくりかえして
思えば長い逢瀬を愉しんだものであった
愛というのか?
これを?
永遠に海へと失われてしまった今となっては
おお
メアリ・きみこ・クラランス・ジェーンよ
おまえを適当なところで割って
殻の裏側の
そう
頭蓋骨の裏側のような
処女なる白さを
しっかりと見ておくべきだった
と悔やまれる
卵を割って
殻の裏を見ることの
ああ
なんという猥褻!
思えば
それだけを日々愉しみに
待ち望んでの
小さくつましい
わが悦楽!
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