2019年11月5日火曜日

フィクション



本言語配列を視覚刺激によって神経叢に取り込んだ際に脳内において発生しうるイメージや観念は、各脳の所有者の脳機能責任の領域内の現象であるため、本言語配列者としては一切の責任を負わないものとします。また、本言語配列内に現われる固有名詞には、過去に存在したという説もある国家内の地名やその国家内の組織名に酷似したものが含まれますが、その国家がすでに滅亡してしまっていると推量される現状から、また、そもそもその国家が真に存在したかどうかも不確実であるという事実から、やはり、本言語配列者は一切の使用責任を負わないものと主張します]



50ⅿも跳ね飛ばされたんですってよ…」
「跳ね飛ばされるっていうのもね、普通の交通事故ではせいぜい510ⅿ、かなりのスピードでも2025ⅿで、もう即死レベルだって聞いた事があります。それが50ⅿだなんてねぇ、事故ではなく殺人ですよね」

「そう言えばまだ起訴されてないよね?」

「池袋 暴走母子死亡事故… 昨日で丸5ヶ月経った… 死亡した母親は50m先の路上に叩きつけられた事が新たに判明…

「遺族が集めた厳罰を求める署名は30万人を超えた…」

「この件に必ず逮捕の原則等のリプが何通か来るが、遺族が何故署名活動を始めたか、何故30万を超える人達が署名したか、そこを逆に考えてほしい…」

「何百万人署名したところで驚くような政権ではありませんよ。国民の意見なんて『ヘ』とも思ってない独裁政権ですもん」

「権力者に忖度することしかしない官僚たち。官僚になると、そういう人間になってしまのかしらね?」

「それでも投票に行かない国民なんだよね。署名はしても投票には行かない。綺麗事は言っていても、けっきょくは他人事。だから投票に行かない。明日は我が身かもしれないのに.... そりゃやりたい放題にもなるね、なにやってもノーと言わない奴隷国民だもの…」

「しかも、安倍様の犬HKは、この渾身の署名を『再発防止を求める署名』と報道した。『厳罰を求める署名』ではなくさ」

「母子轢き殺す前に、最初に轢いた元の形さえなくなった自転車の方のその後が気になる。メディアも一切スルーなのが、より不信感を増す。ご無事なのだろうか?」

「元上級官僚! 病院から帽子、サングラス、杖ついてヨロヨロ出て来て謝っていた姿と、現場検証での傲慢な態度の差。杖に頼らず、元気よく歩いていた、あの姿!」

120kmは出てたんです。けど上級特権階級なので許された。けっきょくは、世間もわかってくれちゃう」

「実は電子制御システムのメモリーに、ドライバーの操作の記録、シフトレバーの履歴、踏み込み強さから計算される速度、ハンドル角度、全て記録されてる。それを公開したら、車に問題あることがばれるから、公開できないんだよ」

「ご主人、やっと泣けるようになったんだ だけど、泣けるようになった今の方が、苦しくて苦しくて気が狂う寸前だと思う。いったいこの殺人の、どこが事故だというのか?」

「計り知れない辛さ。我が子が同じ目にあったなら、私は戦い続けたいと思う。亡くなった人に会えない辛さと、その辛さを急に味わえ、と言われるような状況と。頭が混乱するが、冷静に感じる事は、罪を償わせると言う思いだけ…」

「故小室直樹曰く『エリートには特別な規範が適用される。これこそが第二次大戦以降連綿と続く、日本官僚制の構造的腐蝕である』」

「太平洋戦争以降どころか、律令にすでに規定されてますよ。上流階級は出世・税制・刑罰など、ありとあらゆる面で優遇措置がある。その律令を元に明治国家がつくられたんですから、明治以降の官僚が『自分たちは特別だ』という意識を持ってて当然です。なにせ自分たちが国家をつくってるんですから」

「警察は自分より強い者には手を出せない。有り難い者を信仰する習性がある。警察は言ってるさ、『飯塚様ぁ、我々は上級国民である貴方様を犯罪者にしたり逮捕したりはしませんのでご安心ください。ただ捜査のための質問に答えていただければよろしいのです。ごゆっくり療養なさってください』」




にゅーさんのーベイグンせんたー




[以下の文字配列から浮かび上がってきそうな幻は、どこまでも幻であり、幻固有の性質から発生して来がちなフィクションと呼ぶべきものであって、現象界に棲息している固有名詞とはなんの関係もありません。]


発話の主語も間接目的語もわからず
すなわち誰が誰に語っているのかさえわからず
街のそこかしこで耳に入り続けてくる会話を記述していきながら
人びとの置かれている状況や
火のないところには煙は立たぬ式の真相や
妄信や
錯誤や
疑念や
嫌悪や
嫉妬や
等々々々々を浮き上がらせていく
あのナタリー・サロートの小説手法が
ゆくりなくも誰にも開かれたかたちで実現されてしまっているのが
SNSという場で
もちろん
残念ながらそこは
発話主体の
もともと不完全過ぎるアイデンティティの完全削除を目指すものとしての
文芸表現の極北
など夢見たことさえない
主体信仰者たちが蜘蛛の糸ならぬ人の言葉を並べる場ゆえ
発話主体の名が
他人にとっては「太郎」でも「一郎」でも「花子」でも
どうでもよいとりあえずの文字や音の並びであるに過ぎないというのに
一縷の重要さがあたかもそこに猶もありでもするかのように併記されていて
時代錯誤というか素朴すぎるというか
噴飯物の光景には違いないものの
それでも
十九世紀の通俗読み物流の小説構造からはとうに脱した
二十世紀以降ならではのサロート流小説形式の普及版が垣間見られ
数十年前の創作仲間たちの熱気がひとときでも蘇るようで
懐かしいことこの上ない

そうして
もはや誰が言っていようがかまわず
誰に言っていようがかまわず
言表内容もSFふうであろうがライトノベルふうであろうがかまわ
そこに浸かって読み募るうちに
雰囲気だけは懐かしくもいつもいつまでもいまだに
あの家畜人ロマンとなっていて
あゝ我々はどうやらはじめから家畜人であっただけのことで
我らこのまま潰えゆくにしても
せめて「我らはいかにも家畜人だが、しかしながら考える家畜人である」と
パスカルもどきして死んでいきたいものと
思ってしまったりするが
この場合の「思う」はもちろん花よ蝶よの菫色文芸ゆかりの「思う」で
まァ
オバカサンに任せておくべき領域さ

なんで安倍晋三や小泉進次郎みたいな連中が政治家になれるかというと、法律を作っているのが国会ではなく在日米軍と官僚の会談だからだよ。要するに「地位とカネをくれてやるから、その代償としてオマエらが決めたことにして国民に憎まれろ」ということだよ。これはもう典型的な植民地の構造だからね。

―そうすると、アベやコイズミを政治の舞台から消しても次々にそういう人が出てきちゃう、と 今以上にアホな首相は居ないかと思っていたけどなかなか厄介です

―いや、背後にいるのはディープステートやハザールだ。そういう「アメリカ」という一般的表現はやめなさい。現在のトランプ政権はやっと正常化した。今までのアメリカはすべてディープステートやハザールに乗っ取られていた。オバマやクリントン、ヒラリーらは彼らの下部だ。この程度のことは知ってるね。

国を思って行動したけど自殺や不審死で片付けられてる政治家やジャーナリスト達が何に殺されたのか見えてきますね。

―そうそう、列強の間接統治。日本は直接統治していまだに憎まれ続けている。列強にしてみればアジア人が白人の猿真似している、『猿の惑星』のモデルとしか見ていない。

―単純な陰謀論には与しない自分ですけど、年次改革報告書を読んじゃうともうねえ…
―橋龍ー梶山ラインが普天間移設に漕ぎ着けたのに、本来なら橋本第2次政権が誕生するはずの所で清和会小泉政権が誕生して移設が有耶無耶になった訳ですもんね… 清和会を丸ごと潰さないと、日本の未来はない。

―六本木の米軍基地、ここも重要な場所のひとつ、日米年次改革要望書なる書類があって、外務官僚をとうして、日本は、支配されているとの事。

―清でアヘンを売りさばく高官がいました。イギリスの植民地は、インド人に間接統治させて憎まれ役にさせました。

―『突然』に『安倍晋三が武器を爆買』するわけでもなく、同じく『世界で銭をばらまく』わけでもない!『先の大戦でアメリカに負けたからしょうがない』=『この感覚は未来永劫続く』?『取り巻かれていろ』=『安倍晋三』

―正確には、「ニューサンノー米軍センター」。安保条約・地位協定、密約などを運営管理する「日米合同委員会」を、毎月2回開き、公開を前提とした議事録も作らずトップシークレットで、日本の最も重大な事項を国会を通さず決定している施設。

―「日本国内で戦争状態になったと米国が判断した瞬間、自衛隊は在日米軍の指揮下に入ることが密約で合意されている。

―日米合同委員会 という"ウラの最高決定機関"が誕生した原因はこの"統一指揮権密約"にある。吉田首相がこの密約を国民の眼にふれさせないため米側に設置を提案。
ここが 日本の政治の奥の院です国会は単なる 茶番劇の会場です
表が 国会裏が 日米 合同 委員会ですね闇は深い

―これが今時の戦場だ。
兵器を駆使する戦争はバリエーションの一つに過ぎない。
むしろ外交こそが「戦争」。
アメリカに国政を握られ、ロシアには領土を献上。
これは「敗戦」だ。
国民生活を犠牲にしてまで買わされる武器。
これは「侵略」だ。
日本は絶え間なき「敗戦」を繰り返しているんだ。

―港区の南麻布にあると記憶してます!ここと虎ノ門の大使館、狸穴にあるアメリカンクラブ、日米のカーテンの裏側で暗躍するブロカーの溜まり場!怖い場所!




2019年11月3日日曜日

かなしいかなしいにっぽんなのである


  
わたくしの住んでいるところでは
夕方の5時になると
あれは放送塔とでもいうのか
広報塔とでもいうのか
区役所から
大音響で
夕焼け小焼け*の歌が流されるのである
ゆうやけこやけで
ひがくれて
やまのおてらの かねがなる
山もなければ
山のお寺もないところに
せつなく
さびしく
1919年作の
あの哀調の童謡が
大音響で流されるのである
  おててつないで 
みなかえろ
からすといっしょに 
かえりましょ
とやられるのである
いっぺんに脱力してしまうのである
降参せよと諭されてしまうのである
なにをやってもどうにもならないと知らされるようなのである
こころや精神の内部から蕩け落ちていくのである
とにかく日暮れなのである
今日は終わったのである
もうおうちに帰りなさいなのである
明日は明日の風が吹くなのである
どことなく「勅命が発せられたのである」**な感じなのである
「既に天皇陛下の御命令が發せられたのである」な感じで
今からでも決して遲くはないから
直ちに抵抗をやめて軍旗の下に復歸する樣にせよ。
そうしたら今迄の罪も許されるのである。
お前達の父兄は勿論のこと、国民全体もそれを心から祈ってゐるのである。
速かに現在の位置を棄てゝ歸って來い」な感じなのである

歌われるわけではなく
メロディーだけ流されるのは
はたして
まだしも
さいわいなのか
それとも
いっそうもどかしく
やるせないのか

こころは歌ってしまうのである
  おててつないで
みな かえろ
からすといっしょに
かえりましょ
と歌ってしまうのである
  こどもがかえった 
あとからは
まあるい 
おおきなおつきさま
  ことりが 
ゆめをみるころは
そらには きらきら
きんのほし
と続けてしまうのである

あゝ、ビル・エヴァンスにも
How my heart sings***
って
あったな
と思い出してしまうのである

せつなく
さびしく
やるせなく
いつも
どこでも
いつまでも
いつまでも
かなしい
かなしい
にっぽんなのである

ビル・エヴァンスを思い出したので
ちょっと
救わ



なのである



**226事件戒厳司令部「兵に告ぐ」
***Bill Evans Trio - Five (theme) / How My Heart Sings - 19 Mar 65 
https://ja.wikisource.org/wiki/%E5%85%B5%E3%81%AB%E5%91%8A%E3%81%90    





けれどその前日の30日




「あの頃がいちばんよかったな!」とフレデリックは言った。
                              ギュスターヴ・フロベール『感情教育』

C’est là ce que nous avons eu de meilleur ! dit Frédéric.
               Gustave Flaubert L’éducation sentimentale




ハロウインの日は
30年ほど親しんだ人の命日で
また
めぐってきたか
もう
悲しくもならずに
思う
だけで

やっぱり
ずいぶんと
いたずらな去りかただったな
ハロウインの日に
逝くなんて
また
毎年とおなじ
芸のない思いかたも
くりかえしたり
して

けれど
その前日の30
用事が済んで
小田急線の湘南台駅から特別快速に乗ったら
前の席の端のほうに
30年ほど親しんだ人に酷似した人がいて
たびたび
見つめてしまった

ちがう人なのはたしかだし
ちがう顔なのもたしかだが
額から目のあたりや
鼻の付きかたが
30年ほど親しんだ人に生き写しで
角度によっては
その人そのものに見える
髪の色がちがうので
かろうじて
生まれ変わりと信じ込んでしまわないですむが
あれで同じ色の髪だったら
Apparition…!などとつぶやいて
マラルメしてしまいかねなかったかも

その人は代々木上原で下りたが
それまで
読んでいる本に集中もできず
何度も眺めつづけ
あしたが命日だという日に
どうして
こうも酷似した顔が目の前に出現したのか
それも
30年ほど親しんだ人が通勤していた湘南台から乗り込んで
頭を壁にもたせかけて眠る時など
30年ほど親しんだ人そのものの顔をしたりして
と思いつづけた

読むのに集中もできない本も
また
なんという偶然!
散文の教科書というべき
ひさしぶりに読み直しているフロベールの『感情教育』で
30年ほど親しんだ人が末期ガンで死んだ年に
免疫治療に付き添って行く際にも
高濃度ビタミンC治療に連れて行く際にも
ちょうど携えていた本

違いといえば
あの時にはフランスのfolio版のL’éducation sentimentaleだったのが
今回はLivre de Poche版のそれ
というだけのこと
読解の拡充と深化に役立つ懇切な注が
各ページの下に配された版で
あの人の死後9年目の今年
読み直しているところ
だと
いうこと




もうどうしようもなく崩壊しながら溶解しながら


  

薄い雲が空いちめんを覆っていて
一日中
なんだか
うら寒くて
うら寂しい

しかし
記憶は語り続ける

こんな日が
人生には
幾度も
幾度もあって
この
うら寒さ
この
うら寂しさ
このなかをむこうへ行けば
あれらの日々に
すぐにも
入り込めるようで

うら寒く
うら寂しい
そんな日々には
かならず
温かいお茶があって
コーヒーのひとときがあって
紅茶のスプーンの
カチン!
と皿にあたる音が響いて

結局
しあわせな日々だった!
どれも
二度とは得がたい日々だった!

せつない
ちからない
わびしく
たよりない感慨に
もう
どうしようもなく
崩壊しながら
溶解しながら
落ちていってしまう!




バターかピーナツバターか問題




ちょっと
パンでも焼いて食べようか

焼き上がる

…うむ
ピーナツバターでも塗ろうか

でも
やっぱり
バターのほうが
ええかのぅ
思い直し

いつも
迷ってしまう
バターか
ピーナツバターか
問題

やっぱり
バターだけの
シンプルな味わいには
抗しがたいものが
あるぞな
もし

ところで

そのバターだって
ずいぶん値が上がって
一箱の量だって
減らされて

今じゃあ
150g300円近くする

ほんの10年前なら
200gでそのくらいの値段か
もっと
安いくらいだった
がなぁ

ピーナツバターだって
アメリカ産の340gのスキッピーなぞ
かつては
300円台で買えたものが
今じゃ
500円を越えている
高く売る店じゃ
700円台で
平気の平左で
売ってるところだってある
安めだから
だいぶ前から
使うようになった
ってのに
高くなっちまったんじゃあ
しょうがない

からだに悪いのを承知で
いずれ
マーガリンを使わねばならないように
零落していくのか

情けない時代に
なっちまったもんだよ