2019年10月21日月曜日

他のなによりも確実に感じられる導き手


  
毛細血管のすみずみに
まだまだたくさんの眠さが
小さく
大きく
かくれんぼしているのに
目覚まし時計のベルで起こされるのは
やはり
不快であるにはちがいないが

ちがいないが
目覚まし時計の鳴るまえ
まだ暗いのに
ふいに氷が溶け切ったように目覚めてしまうのも
ずいぶん恐ろしいものだと
いつも思う

からだも頭も
いまひとつ準備ができ切っていないのに
どうにも眠りという酒精が薄まってしまって
力の限界もわからずにはしゃぐ子猫や幼児のように
意識は大暴れをはじめる

あたかも
まだ夢も希望も納得も欲望も
いまひとつ準備ができ切っていないのに
ふいに扉のむこうで
呼び出しがかかりましたからと
強引に手首を引いていく
他のなによりも確実に感じられる導き手
死のように




さっきまでの眠りも胎盤のようにまとわりついたままで




まだ二時間以上は眠っておかないと
はじまる一日
夜までじゅうぶんな体力は維持していけないはずなのに
からだの位置をどう変えても
眠れないまま意識はいっそう活発に動き出し
それでいて
さっきまでの眠りも胎盤のようにまとわりついたままで
まだ今日という場に受胎される前の
数え切れない時の記憶に襲われ続けて

起きることにしてしまう
まだ二時間以上は眠っておかないと
はじまる一日
夜までじゅうぶんな体力は維持していけないはずなのに







2019年10月15日火曜日

あらたにあるいははじめてものごとがはじまるなら




川からあふれ出た水に家を呑まれて
こんなことになるなんて
思わなかった
もうどうしたらいいか
わからない
と泣いている20代の女性をテレビが映していて
テレビが映している女性を見ていて
こんなことになるなんて
思わなかったろう
もうどうしたらいいか
わからないだろう
とこちらの思いも泳がせながら
女性の正直さに打たれていた

こんなことになるなんて
思わなかった
もうどうしたらいいか
わからない
と水没した家の前に立って泣いているすがたが
この困難な地上にある人間のあたりまえのすがたのように見え
あるべきすがたのように見え
こんなことになるなんて
思わなかった
もうどうしたらいいか
わからない
とは
なんとつよい真っ正直なことばだろう
と感じ
あらたにあるいははじめてものごとがはじまるなら
はじまり直すなら
こんなことばからでしかないと思え
どんなことになるかなんて
思いもよらない
もうどうなっていくか
わからない
というかのように
むこうからは夕がたの陽ざしが女性に差し込んで来ている




霧雨のなか傘も開かずに

 


霧雨が降っているが
しばらく
傘も開かずに歩いていく

こんなふうに
霧雨のなか
傘も開かずに歩くことの多かったある時期を
なつかしく
しかし
今のことのように
ありありと生きながら

歳を重ねていくのは
なにひとつ
遠くなってはいかないと
痛切に
心身を以て知るということ

みんな
いなくなってしまったか
歳をとって
もう
連絡もとれなくなってしまったのに

おなじように霧雨は降り
あの頃のままに
だれもが
かたわらにおり
前におり
背後に
おなじ笑顔して
居続けているのを
知る
ということ





2019年10月14日月曜日

ヘリオトロープの思い


  
ビル沿いの花壇にも
雨のよくあたるところと
まったくあたらないところがあって
ヘリオトロープらしい花をつけた草の植えられている土は
きのうや今日の雨にもかかわらず
乾いたままになっている
花もつけずにしとどに濡れている厚手の植物の群れを
きっとヘリオトロープはうらやましく思っている
雨がふつか続いている湿り気のなかでは
じぶんの根元の乾いた土を美しくさえ見る通行人もいるというのに
ヘリオトロープの思いは
濡れた草のほうに惹きつけられている





2019年10月11日金曜日

十月十日の国立劇場から歩いて帰る


  
鶴屋南北だけは見なければいけないのだから
国立劇場で
天竺徳兵衛韓噺を見て
芝居のはねたあと
小さな植物園のようになっている劇場前の庭園をすこし散策し
おや、桑の木まである
と気づいて
蚕たちはどんな匂いに惹かれるのかと
葉をちぎって磨りつぶしながら嗅いでみるが
さほど特別な匂いはしない

イギリス大使館の前を
壁ぎりぎりに歩き
日本に来ているアン王女は
ここに泊まっているのだろうかと思いながら
中をちらちら覗いたので
監視カメラからは
ちょっと不審に思われたかもしれない

代官町通りの千鳥ヶ淵側の丘の上は
毎週のウォーキングルートだが
めずらしくふつうの服すがたで
天竺徳兵衛韓噺の台本や上演資料集まで買い込んで
ちょっと重くなってしまった鞄を持って歩いてみると
松が亭々と立って
…と言いたいところだが
けっこうくねくねと太く立ち並んで
よけいに趣ふかい風景
そのなかを歩いて行くとき
あゝ、しあわせな穏やかな夕方であることよ
としみじみ思う

靖国通りから九段下界隈に出たら
どこかに寄って
お茶かコーヒーかなにか
飲んだり
うまそうなケーキやホットケーキでも注文してみたり
したいような気もするが
そのあたりからはすぐに家に着くのだから
帰宅してから
ミカンでもひとつ食べ
サッとコーヒーでも作って
さらに
ビスケットでも齧れば
十分
家では気兼ねなく食べられる
ミカンの
あのなんでもない爽やかさが
カフェやレストランでは
なかなかどうして
どうにも
得がたいものだったりするのだし

史上稀なほどの巨大な台風があさってには来るというから
ここいらの木々も
また
ずいぶん被害を受けるかもしれない
そう思いながら
ときどき足を緩めたり
立ち止まったりして
見納めのように眺め渡しておく

そろそろ穂を開き出したススキなどは
まだ大丈夫だろう
劇場からイギリス大使館あたりまでの内堀通り沿いに
何カ所か群生していたセイタカアワダチソウも
まだまだ穂が固く青かったので
どんなにすごい台風に揉まれても
まだまだ
大丈夫だろう




小さな生


  
小さな生を
小さく小さく
運ぶ

風もあたらないし
雨粒さえあたらないほどの
小さな生を