2021年4月5日月曜日

お先にねひとりでね

 

 

なんであれ

かんであれ

生き生きしている

生きている

活力がある

活気がある

のがいいとされる偏向思想のこの世の中で

 

悪いけれど

死んでいる

ぼく

お先にね

ひとりでね

 

肉体を(中古車のように)

維持してるけど

ぼく

死んでいる

お先にね

ひとりでね

 

死が近い

とか

死にそうだ

とか

そういうのなら

人生を振りかえらなきゃ

とか

わが生涯の真善美を

ちょっとは抽象的にとりまとめなきゃ

とか

なるのかも

しれないけれども

死んでいる

ぼく

お先にね

ひとりでね

 

だから

人生なんて振りかえらない

真善美ももういらない

真のじぶんも

偽のじぶんも

まぜこぜのままで

いっそう

賑やか

 

すべては終わって

片付けも

しないで

すべて

ほっぽり出しで

死んでいる

ぼく

お先にね

ひとりでね





ニッポンもセカイも

 

 

この10年

どころか

15年ぐらい

ひょっとしたら

20年ぐらい

世の中とは

まったく

1ミリさえも

響きあえなくなっていたので

昨今のウイルス騒ぎも

ちょっと

風向きがかわった程度にしか

感じられては

いない

かも

しれない

ぼく

 

ウイルス騒ぎの

はじまる前のほうが

よほど

ニッポンも

セカイも

異常だったよ

 

なにを

狂騒してるんだよ

思わない日は

なかったよ

一日も

たったの

一日も

 

どの日も

どの年も

ただ

くだらなかったよ

ニッポンも

セカイも





身と心を焼き捨てればふたたび

 

 

むかしなら旅と呼んで

うれしがった

身と心の移動を

まったく

うれしがらなくなって

幾年?

 

どこへ行ってみても

あたりまえに

目がものをとらえ

肺が空気を吸い続けることに

なんだか

がっかりしてしまう

 

どこへ行ってみても

ひとは金儲けばかり考え

ちいさな差異づけに心労し

無数の人体から選び出した一体を

必死に差別化して称揚しあい

むかいあって蕎麦を食べていたりする

 

心の細胞のひとつひとつが

つぎつぎ脱皮するように

はじけるように旅していた頃の

あの愚かさやおさなさは

戻ってくるだろうか

身と心を焼き捨てればふたたび?





となりクラスのあの女の子みたいな

  


新大阪駅から京都駅へ

むかう

新快速を待ちながら

しずかな大阪のひとたちと

ホームで並ぶ

 

東京びとの

わたしは

大阪をどう扱っていいか

正直

わからない

 

なんども行って

大阪なんか知っている

思う時もあるが

なんだか

まるでわからない

思う時もある

 

いずれも

思いのなかだけのこと

 

身に染みてくるほどの

つきあいは

もう

大阪とは

持たないだろう

思う

 

嫌いではない

興味がないのでもない

 

かりに

好きでも

かりに

興味があっても

どうにもならない

なぜか

これ以上

深く知りあえない

 

となりクラスの

あの

女の子

みたいな





さらに地図を失って

  


さらに地図を失って

四方八方

までは見まわさないものの

三方五方ぐらいは

視野におさめてみながら

 

世界(などと一纏めにできると思い込みやすい…)

という

膚のすぐ表面からはじまる空間が

いよいよ

わからない

 

わからない

 

認めてしまう

いよいよ

 

いよいよ

 

はじめてのホテルで

天気予報だけを知ろうとして

つけてみると

テレビはダイジェスト版の歌番組のようなものを流していて

わたし

あなた

大切

恋しい

この愛を

いまはただ

永遠

などの単語が

しっとり

散りばめられて

 

時が流れる

 

季節(とき)が流れる

城砦(おしろ)が見える

無疵なこころが何處にある

 

ランボーの詩が

小林秀雄の

定訳になる前の

1930年白水社版の訳で

ポップスの単語たちの

むこうに

遠い白壁のように

見えている

はじめの二行は

中原中也がかっぱらって

漢字だけ直して

じぶんのものにしてしまった

 

いよいよ

わからないよ

世界よ

メモしたかったのだが

 

さらに地図を失って

書き出して

しまって

 

見えている遠い白壁は

いくつもある

 

やがて

わたしたちは

つめたい闇のなかに沈んでいくのだろう

さようなら、

あまりに短かすぎた

わたしたちの

夏の

激しいひかりよ!

 

これは

ボードレール

 

永遠よ、虚無よ、過去よ、暗い深淵よ、

飲み込んだ日々をどうしてくれようという、おまえたちなのか?

言ってくれ! あれら至上の恍惚を返してくれるのだと。

おまえたちがわたしたちから奪ったあれらを。

 

おお! みずうみよ! 押し黙った岩々よ! 洞窟よ! 暗い森よ!

おまえたちのことだけは、時も寛大に扱い、

若返らせさえもするのだから、おお、美しい自然よ、

この夜の、せめては思い出だけでも、守っていっておくれ!

 

これは

ラマルティーヌ





2021年3月28日日曜日

人口は明治5年に3480万6000人だったこと


 

 

日本の人口は

2009年の1億2707万人をピークに減少に転じ

その後11年間減少し続けて

2020年には1億2427万人になった

 

こうした人口の減少が

今後の日本の衰退を加速すると言いたがる人たちがいる

 

しかし

高度成長期とよばれる時代の

1954年から1973年の人口をふり返れば

1954年に8820万人

1967年に1億人を突破し

1973年に1億910万人程度になっているものの

2020年の1億2427万人には全く届いていない

 

この11年ほどの人口減少=衰退とする考え方は

まったく無意味と見たほうがよい

 

もちろん

総人口がどうこういうより

労働可能人口や大量消費可能人口や大量購入可能人口こそが問題になり

それは若年者や今後の出生者の数に左右される

 

しかしながら

良かれ悪しかれあれだけの精力的な発展を遂げた明治時代の人口が

明治5年(1872年)に3480万6000人

明治24年(1891年)に4025万1000人

明治45年(1912年)に5057万7000人

太平洋戦争開始年の

昭和16年(1941年)でさえ7221万8000人

多くの国民を失った後の敗戦年の

昭和20年(1945年)でも7214万7000人

だったのをふり返れば

現在時点での人口減少傾向や今後の減少傾向予測を

労働力や購買力の観点から悲観的に考えすぎるのはどうかしている


極端な話

明治はじめ頃の3000万人台の人口さえあれば

いくらでも活力は生めるはずで

1億を越えた人口を擁している現在にあって落胆や幻滅をするのは

ものの見方そのものに問題があるという他ない

 

甘えすぎている

とさえ

言えるだろう





後から来られる方はわたしよりも力のある方で

 

 

言っているいる

お持ちなさいな

いつでも夢を

いつでも夢を

佐伯孝夫「いつでも夢を」

 

 


ころなか

喧伝されるなか

マスクなしで

一年過ごしたけんど

春は花粉症の季節ですさかい

超積極的にマスクしている

ワテでんねん

 

花々咲いて

サクラも咲いて

ころなか

もう

ころな華や

ころな花でんねん

 

ワテのマスク

ころな用とちゃいまっせ

花粉用ですねん

ころななんて

超弱いウイルスですけん

マスクいりませんがな

 

ころな避けのため言うて

ますくしてはる人アホとちゃいまっか?

だって鼻口隠して

目ェ隠さずって

もう超アホでんがな

角膜からスーッ入りますさかい

特別メガネかけんといかんでっしゃろ

もしマジういるすでしたら

 

ほんものの強いういるすやったら

耳からも入りますさかい

膚からも入りますさかい

ういるすは濾過性病原体で

陶器さえ通過してきますさかい

マスクなんてもともと意味ないし

正直マジの強力ういるすだったら

防ぎようがまったくないので

からだの免疫力を維持するしかないですけん

薬もまずあり得ないですけん

共存しか方法はあり得ないですけん

すべては免疫力や抵抗力とういるすとの

バランスや駆け引きの問題になりますけん

 

となれば

マスクなんてして酸素量を減らしたり

呼吸器官を過度に外気から遮断したり

過度に湿度を呼吸器官に貯め込んだり

アルコールなんぞ付けまくって常在菌を殺しすぎたり

運動量を減らして体力を低下させたり

日光に浴びる量を減らしたりすれば

ういるすへの抵抗力はさらにグンと落ちて

からだはどんどんういるす畑になっていきますがな

 

テレビや無責任行政や御用医療関係者たちや

そこらのオバチャンレベル人間たちの話を信じているのも

勝手なのが現代社会の恐ろしいところ

多少の情報を集めて合成して考えればウソはすぐ見抜けるのに

そうしないのは勝手でもあり自由でもあるので

どうぞ個体として滅んでいってくださいな

 

とにかく出歩いて運動しておけ

太陽光線に当たっておけ

常在菌を大切に保持しておけ

さもないと次に計画されているもっと殺人的なういるすに

絶対に対抗できなくなりまっせ

ころなちゃんはただの先触れの奴さんに過ぎないざあます

かれらの言っているのをよぉく聞けば

言っている

言っている

後から来られる方はわたしよりも力のある方で

わたしはその方の履き物をお脱がせする資格もない

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=G9yWKkUN9rU