2016年6月16日木曜日

名前を知らないままで来たので


よく見る花なのに
せっかく
名前を知らないままで来たので
知らないままにしておく
みだりに調べたりせず
会ったこともない
どれだけ転生しても
会えないかもしれない
やさしい
やさしい
だいじなひとから
いつかそっと
教えてもらえる時を
幼い子のように
かたちなく
構えもなく
待ち続けながら



わたしの顔の来し方


世の中に向かって…
顔を上げたことなど一度もなくって

わたしの顔はわたしの顔だけに向かって
いつもさざ波していた
岩も波止場もない
さざ波だけの浜辺で
わたしの顔は
ときどき
なにか声に出してみたがったが

つぶやきさえしなかった
それが
わたしの顔の来し方
生き方



満月


新月の夜
去って行った恋人が
半月の頃には
戻る
と短く書きよこして

もう会わないと
あんなにもかたく決めた相手なのに

月のように
心は
少しずつ膨れ出していて

でも
もう満月



2016年6月11日土曜日

病気というのはそういうものなんだよ

  
末期ガンにかかった時
伴侶はいちいち不機嫌になって
世話をしてくれる人たちに
不愉快な対応をするようになった

たまに見舞いに来る人たちには
いつも満面の笑みで対応する
しかし人が帰ると疲れた表情を見せ
あんな人たち来なきゃいいのにと言う

あなたの病気が大変なのはわかるが
まわりの人たちに嫌な態度を取るなよ
そう言うと「病気になっていない
あなたにはわからないのよ」と言う

なにを甘えたことを言ってるんだ
とわたしは厳しく彼女に言って
病魔に奪われた私の少年時代の
六年間ほどの話をしたものだ

みんなが身体を丈夫に作っていく時期
わたしは一切の運動を禁じられ
食餌制限をされて未来のなさというものを
少年ながらに日々生きていた

三島由紀夫が自殺したのを聞いても
健康で立派な身体をした人が
贅沢に切腹なんてやらかして死ぬなんて
なんて甘えてんだろうと思った

伴侶は生涯病気らしい病気をしたこともなく
美貌と人好きする性格とフランス人なのを生かして
ニッポンでみなに愛されチラホラされて
言ってみればずいぶん楽に稼ぎもできた

そんなあなたが人生の終わり頃に
末期ガンになったからといって
自分だけが大変だなんて言うんじゃないよ
ぼくはあなたの六倍の期間も病気だったんだ

子どもの時代の六年間っていうのは
もう永遠みたいに長い長い時間で
完治はしないだろうと言われていたから
走ることも泳ぐことも心の底から諦めていたんだ

こんなふうに言ってよく黙らせたものだが…
彼女が死んでしまってから
厳し過ぎたかなとはちょっと思ったとともに
いや彼女やっぱり甘えていたよと思い直しもした

不治の病が奇跡的に治ったと告げられた時の
よくわからない落胆と重荷は忘れない
六年間もたっぷり遅れを取らされて
これから健常者として追いついていけって?

この頼りない身体ではそんなこと不可能だし
だいたい何ひとつ好きなことはできないと
さんざん諦めさせられてきた後での
輝かしい処刑のようなこの突然の回復宣言!

十五歳になっていたわたしはすぐに
無謀にもサッカー部に入ったりして
メンバーに追いつけないのを自分に見せつけるために
無駄に非効率に苦しく駆けまわり続けた

そんなことを一瞬一瞬思い出しながら
身体が思うようにならないのを怒る彼女に
かつてのぼくの気分をよく味わうがいいなどと
思わないでもなかったのが本当のところ

病気というのはそういうものなんだよ
身体も思うように動かないし数値もなかなか良くならない
心は腐ってくるし魂もぐちゃぐちゃに暗くなっていく
逃げずにそれをよぉく味わって体験し続けるんだよ

言葉でもわたしは彼女にそう言ったかもしれない
言わなかったかもしれないが心ではそう思っていた
ずっと健康で病気知らずで来た人たちは知るがいい
ぼくがどれだけ少年時代に苦しんだかを

どれだけぼくが世界から見放されて
毎日が薬漬けで週に一回は太い血管注射で
腕の静脈を腫れあがらせ時には手首や指の静脈も使い
ストレスや温度変化ですぐに腫れあがる全身

とりわけお岩さんのように腫れあがってしまう
顔や首はひどくて唇などはソーセージのように膨れ上がって
小中学校もそのたびに早退して顔を隠しながら
なるべく人に会わない裏道を選び選び帰った六年間

病状が軽くなることはあっても完治はないはずだったのが
どうしてすっかり治って長く生き延びて来れたものか
あれは前世のカルマだったのかそろそろ再発するのか
それとも今は別人になっているわたしなのか

そんなことを考え出せばなにもかもわからなくなるが
その後も運命のひどい翻弄のなかで吹き飛ばされ続けて
何度も駄目になりかけながらギリギリのところで生き延び
まわりの人たちの幸福や不幸や悲惨や崩壊や死を見続けてきた

誰にも大事にされず認めらず愛されたこともないわたしは
たしかに人間と呼ばれるほどの心も魂も持たなかったかもしれない
それでも少年時代の重病が治った後少しは人間を
経験したかもしれないよね、どう見えるかな、エレーヌ?




今は歩いていく

  

木が植えられている

だいたい等間隔だけれど
間隔の狭いところ
少し開いたところがある

よく見ないとわからないわけでもなく
いい加減に見ても
なんとなくわかってしまう
よく見ると
かえってわからなくなる

そんな木の植え方の公園は
ちょっと
草ぼうぼうという感じで
手入れが行き届いていないんだか
わざとしていないんだか

でも
その草ぼうぼうが
とてもいい

むこうには
今日
真っ青な空
大きめの雲は真っ白
そんなのが
ふたつ
みつ

人生について
あれやこれ
なにか
ちょっと考えようと思ったが
やめた

やめて
たゞ
今は歩いていく




2016年6月2日木曜日

五月二十七日



光州事件については
さほど切迫した興味もなかったのに
なんとなく
映画を借りて見てみる気になった

興味がないというわけではないけれど
あまりに忙しく
次々いろいろなことが出てくるので
興味を持っていたことの上には
次の興味が次々重なって
だんだんと古新聞の山のようになっていく
光州事件もそのひとつ

五月二十七日
近所の貸しDVD屋で
気晴らしの映画を探していたら
韓国映画の棚のところで
見ていなかった『光州5・18』が目にとまった
あっ、これだ、いま見るべきものは
そう思って迷いもせず借りた

五月の出来事だったとも覚えていなかったし
ましてや一九八〇年の
五月二十七日
市民を大虐殺して
戒厳軍が事態を制圧し終えたとは
まったく知らなかった



ユトランド半島沖海戦


この頃は幽霊も見ない
見えないのは「ない」のとは違うということも
思いや感じ方の隅々に沁みわたり
わざわざ目で見える必要もなくなったから
むこうさんも
もう出てくる労を取らなくなった

今でない時間や
ここでない場所や
歴史のあれこれも
じつは驚くほど今に繋がっている
ふしぎな一致や仄めかしや
さまざまな物や物事への
誰かの手に導かれたような小さな
けれどもはっきりした遭遇が
じつは毎日ひそやかに続いている

つい先日
五月三十一日の夜から
六月一日の朝方まで
ひさしぶりに
『チップス先生、さようなら』を読んでいたら
チップス先生のいたずらな生徒で
オルガン奏者席に鼠を入れたりしたダンスターが
ユトランド半島沖海戦で戦死した話が出てきた

この海戦のことはすっかり忘れていたので
手短に調べ直したりしたら
あっ!と声を上げんばかりに驚いた
デンマーク西方海上での
第一次大戦唯一のこの艦隊決戦で
イギリスは六八〇〇人の将兵を失ったが
一九一六年に起こったこの海戦は
なんと
五月三十一日から
六月一日にかけての出来事だったのだ