そちらがふたこと三こと言ったら
こちらがふたこと三こと言うのを
まァ
黙って聞けや
そんなやりとりのルールも
わからないやつがいる
おまえのキャンバスや
スクリーンじゃないんだぜ
こっちは
感情とか考えとか思い出とか
そんな
おまえの自我は
そこらの便所で処理して来いや
そう見せつけてやらないといけない者が
やはり
いっぱいいる
海外の友からは
メールひとつにも
はやくて数日
ふだんは数週間してから
返事が来る
そこの生活を知っているから
そんなものだと
受け止める
人にメールひとつ書くにも
書きたいこと
伝えるのに使いたい表現
削るべきこと
いろいろと考える
庭の草木の手入れをしながら
特に薔薇の植替えや
種蒔き時の近づく
菜園を耕したりしながら
領地を駆けまわる
猫につがいを見つけて
やるべきかと
草はらの前に立って
茶を啜って
思案を続けながら
ひとつの思いから
次の思いへ
移るあいだに
数日ほど経ってもよい
ほんとうは
数日ほど
経つべきかもしれない
そんな生き方に
ちょっと戻ったりすると
どうしたの?
とか
なに怠けているの?
とか
都会では
言われたりする
どこの住まいにあっても
しずかな雨もようの日
すこし冷えた廊下の
暗く伸びているさまに
わたくしは恵まれてきた
だれもいない時間に
そんな廊下に立ち続けて
足裏を冷やしながら
ひとりということを
だれもいない空間を
わたくしは賞味してきた
どんなに幸せだったか
そんな時間の数々が
群生を強いられた
ヒト科ヒト亜科ヒト族
ヒト亜族ヒト属に
生まれ落ちながら
ほんの少しであれ
宿命から外れた時間を
味わえたことの喜び
春はやいうちの開花を控えて
つぼみを日々ふやす木々が居間の前にはある
やわらかい雨に
それらが濡らされるのは
見ていて心地よい
ちょっと暗く
しずかな小雨の一日
まるでさびしいような心もちで
わたくしはなんだか
全生涯をふり返っている
長いようで
みじかな
古い映画のような映像が
つぎつぎ
心のなかを流れていく
どれもこれも
もうわたくしとは
関係のなくなってしまった
与えられ続けだった
時のひとこま
ひとこま
けれども
わたくしの思いのなかにだけ
しまわれている
ひとこま
ひとこま
経験を重ねることに
もう
興味はなくなった
たゞ
茫洋と
文字に耽り
映像に虚脱していたい
観劇でもいいようなものだが
人に興味がない
人の動きにも
発語にも
存在にも
人を目の前にすると
たゞ顔をみつめてしまう
そうして
人が解放してくれるのを待つ
時が過ぎるのを待つ
老いだろうか
老いでも
いい
読み
見ることに
深く引き込まれて
寝食を失うという時間を
どうやら
取り戻そうとしている
二十年ほども前の
流行り歌
鼻唄している
失われた時間たち
逝った人びとを
ほんのちょっとだけ
蘇らせるため
好きでもない
ちょっと
反発さえしていた
流行り歌
今ごろ
たったひとり
生き残って
鼻唄している
あの頃の
陽光のきらめき
波のひかり
街中の雑踏
ほんのちょっとだけ
蘇らせるため
今ごろ
たったひとり
生き残って
陽光のきらめき
波のひかり
街中の雑踏
あの頃
ほんのちょっとだけ
蘇らせるため
夜も更けると
闇というより黒に飲み込まれて
周囲は
田畑
森
小川の音
酒はないので
井戸から汲んだ水を飲みながら
いくつか
詩集を繙いている
今にして
気づくようなのだ
詩は
つぎつぎ読み終えていくものでなく
どんな小さくても
眩しい光源を間近で見つめ続けたりしないように
凝視し続けるものでもない
数行追ったら
本を膝に下して
つまらないような昔の小さなことを思い出したり
部屋の壁の角のほうの蔭を見たり
そうして
またはじめから
行を追い直したりして
結局
小一時間しても
一編も読み終えた気になれなかったり
すべきものなのだ
と
人生はなんという急流
言葉は
そうして
なんという美しい小石の数々
今にして
気づくようなのだ
急流のなかで
なんども
詩のページを開いていたことがあった
たぶん
ろくに読めたともいえないが
読もうとしたり
読めなく感じたり
もう誰の物語とも知れないような
過去の自分の時間のあれこれに
川の岩を飛び飛びするように
思いは
戻っていってしまっていたり
ともかくも
詩のページを開いていたことがあった
そんなことの好きな人生だった
ページを開くことで
なにかに取っかかりを得ようとしたのか
引っかかりを求めたのか
それとも
たんに文字が好きだったのか
文字が思いの中に作り出す
とりどりの意味あいの万華鏡が好きだったのか
今にして
気づくようなのだ
詩のページはたゞ開くべきもので
開いていればいいので
開いたり
閉じたりすればいいので
読んだの
読まなかったの
わかったの
わからなかったの
そんなこと
どうでもよかったのだと
人生はなんという急流
言葉は
そうして
なんという美しい小石の数々