2018年4月3日火曜日

なにも飼っていないPさん

 
よきものは一つにて足る高々と老木の桜咲き照れる庭
                                                         窪田章一郎


Pさんはなにも飼っていないが
むかしは愛犬も愛猫も数匹いて
家のまわりを毎日散歩しながら
あたりの馴染みの野良猫たちに
餌をくれてやってまわるのが
日課になっていた頃さえあった

家の犬たち猫たちがみな死んでしまい
ペットの飼育ができない新居に越してからは
それまでとはうってかわって
本当になにひとつ飼わないまゝ
Pさんは暮らし続けている

そう暮らすようになってみると
それほどさびしいというわけでもなく
動物がいないからといって
こころに動物がいないのでもなく
ほかならぬPさん自身にしても
自分の内部にいろいろ発見するものがあった
人はいろいろだからかまわないが
動物が死んだらまたすぐ飼う人もいれば
しばらく空白を生きるような人もいる
空白といっても欠落のようなものではなく
たゞ単に“空いている”だけのことで
動物がいない空間があるだけのことで
そういうものがあればこそ
死んだ動物たちの姿やふるまいなどが
新入りの動物たちのはしゃぎように
蔽い隠されてしまうということがない

Pさんはかつて飼ったあれらの動物たちが
一度きりの自分の人生にとって
本当にかけがえのない者たちだったのだと
最近は確信するようになってきている
かれらは取り換えのきくペットではなく
一期一会の出会いの相手だったのだと
いまの住まいに動物がいないことによって
しみじみと感じるようになってきている
飼わないというのもいいものだと思い
姿は見えなくなったとはいうものの
あの子たちといつまでもいっしょに
こんなふうに暮らし続けていくのも
とてもいい幸せなことではないか
とPさんは思うようになってきている




2018年4月2日月曜日

映画館から出ると

 
映画館から出ると
世界はもっとふかい夜になっていて
くもり空には墨色の龍が何匹もうねり絡まっているようで
すてきなことがどんどん押しよせてくるぞ
ぶあつい雲の混ざりあいから
そんな声がつよい噴水のように吹きつけてきて
都市はこんなとき
さらに美しく
ふかいふかい夜なのに
どこへ行こうか、これから
などと本気になって考えはじめながら
信号が青にかわるのを
ずいぶんとうれしく待っている


2018年4月1日日曜日

栗の原種のひとつルキスティア・メレケンティノを



どんな人に会うよりも
ティッシュペーパーの箱から出ている
一枚のティッシュのほうが
教えに満ちている

おだやかな色合いの陽光の夜明け
ぼくはなにかメモしたい気持ちになって
こんなふうに
書き始めているのだが…   

…やっぱり
メモする必要など
ないみたいだ

今日は昼ごろに
海が会いにやってくる

彼女にぴったりの
とっておきの軽い食事を
これから
考えるところ

琥珀のカルパッチョに
白鳳時代の
造り立ての寺の境内の空気を添え
メソポタミアの
もう失われてしまった酒に漬け込んだ
栗の原種のひとつルキスティア・メレケンティノを
ごく薄切りにして散らし
搾りたての菜の花のオイルを
皿のまわりに
点々と垂らそうと思う



愛とは棄てることなんだよ



愚かものはいつも小さなことにこだわっている
だから彼らはいつまでも狭小だ

悟りごっこが続いている
あらゆる領域で
とりわけ人生の意味探求狂クラスで
人生の最大価値確定狂クラスで

ぼくは昼食の時間になる前に
廊下の外
美しくクロッカスとスイセンの咲く中庭で
ひとりでミルクを飲んでしまい
秘密の小川へむかった
メダカや名も知らぬ小魚たちが
そこでは楽しそう
かれらの上に小さな葉っぱを落したりして
ぼくは何十年も遊んだ

だれだって
嫌いだった学校にふと戻りたくなることもある
たんなる懐かしさから

戻ってみると
学校の校舎は跡形もなく
雑草の繁る広い野原になっていた
ところが
そこでなにか教えている人の姿がうっすら動いていて
よく見ると
成長した後のぼくだった
あまりにうっすらと透けていて
じぶんからとうの昔に魂が抜けていることにさえ
気づいていないようだった

あいつでは
なく
ぼくが魂なのさ

それに
成長したぼくなどぼくには必要ない

棄てることだけは
だれもが強いられる宇宙だ

愛とは
棄てることなんだよ



いたら 手 挙げてみて


 
幻想を見せ続けることばに
幻想を破ることばを混ぜ
幻想を見せながら破り続けることばと成し
幻想を破りつつ
さらに幻想を織る

ほんとうに現実を生きているなんて
自信を持って言える人
まさか
いるの?

いたら
挙げてみて



あたし自身

 

前川佐美雄のこと
サミーと呼んで親しんできたけど
この頃
あまり読み直してなかったw

サミー
あたしの視線が
必要でしょ
あなた?

春になると
やっぱり
思い出すのよ
あなたの
あの歌

春がすみいよよ濃くなる真昼間のなにも見えねば大和と思へ*

なにも見えないから
ここ
やっぱり
大和ね、今も

春がすみなのね
思想に
政治に
倫理に
かかり続けてる…

おゝ、大和!

もちろん
もちろん
思い出しておくw
平兼盛の歌も

春霞たなびく空は人知れずわが身より立つ煙なりけり**

わが身より立つ煙なりけり
なのよね
春霞w

悪いのは
あたし

春がすみ
あれは
あたし

あたし自身


*前川佐美雄『大和』
**『兼盛集』




染みさせちゃう?



もう散る… 
散る…

あはれしづかな東洋の春ガリレオの望遠鏡にはなびらながれ
                                                                             永井陽子

♪とんとん とんからりと 隣組
格子を開ければ 顔馴染み
廻して頂戴 回覧板
知らせられたり 知らせたり

世界最大どころか
人類最大の軍事国家の操り人形になって
テーマパークさながら
実現された平和のふりを自画自賛し続けるというのも
深謀遠慮による高度な政治的振舞いネ
言えば言えるけれど
政治的カストラートに過ぎないとも
もちろん
言える

「さあ、今日のお味は、どっち?」

♪とんとん とんからりと 隣組
あれこれ面倒 味噌醤油
御飯の炊き方 垣根越し
教えられたり 教えたり

「少しは大人になって
「もうちょっと、不決定を身につけて、
「いつもまわりの空気を読んで、
「しっかり忖度できるようにならなきゃ、
「情けないわよ、太郎ちゃん
と小言を言う
お母さん

おお、偉大なるニッポンの母、…ハハ、

ハッハッハ

♪とんからりと 隣組
地震や雷 火事泥棒
互いに役立つ 用心棒
助けられたり 助けたり

そろそろ
五人組
隣組
また作る頃かしら
歴史はくり返す
くり返す

♪とんとん とんからりと 隣組
何軒あろうと 一所帯
心は一つの 屋根の月
纏められたり 纏めたり

♪とんとん とんからりと 隣組
何軒あろうと 一所帯
心は一つの 屋根の月
纏められたり 纏めたり

永井陽子の歌を思い出した行きがかり上
もうひとつ
最後に
思い出して〆る言語夢想のひととき

十人殺せば深まるみどり百人殺せばしたたるみどり安土のみどり
                                                                                   永井陽子

そう、これから
みどりの季節

そう、ニッポンのみどりには
じっとり
血が染みている

もっと
もっと
染みさせる?

染みさせちゃう?

纏められたり 
纏めたり
して?