2013年12月21日土曜日

鬼がね、ずっとぼくの顔を覗き込んでいたんだよ


  
ふとっちょのTさんは風呂に浸かりすぎて
からだが火照りすぎたものだから
もう寒い時期だというのに
タオルを敷いて
裸で床に横になっていたのだそうな

そうしたら
いつの間にか寝入ってしまい
からだはずいぶん冷えてしまったのだろう
夢のなかで
氷の国にいて
寒い、さむい、と抜け出そうとするけれど
そのたびに
つるん
つるん
と滑って氷の国に転がり落ちたとか

からだが冷えると
氷の国の夢なんか見てるんだから
われながらケッサクだよ
からだの状態がそのまま夢に出るんだから…
と言ったあとで
Tさん
ちょっと黙り
また話し出した

だけど
こんなのは御愛嬌だ
だいぶ前のこと
からだの急変で死にそこなった時
意識を失って
危篤状態のあいだにね
鬼がね
ずっとぼくの顔を覗き込んでいたんだよ
目が覚めるまでずっと
左から覗いたり
右から覗いたり
鬼が額のあたりにいて
ずっとぼくを見おろしていたんだ
意識を失って人事不省でも
夢は見続けたりするものなんだか
それとも
あんな時に夢なんか見ないのだとすれば
ほんとの死後の世界の
入口かなんかだったのか
あれは…
                             
   



2013年12月20日金曜日

生のすべては本当にゲーム以上のものではなく…




少し混んだ夜の電車の中で長い座席の前に立った。座席は人で埋まっている。誰もがスマートフォンやタブレットに見入っていた。見下ろせる5人ほどのうち4人ほどはゲームをしているらしい。そのうち、あきらかにひどく疲れた顔をしているのが2人、ひとりはやや疲れ顔、もうひとりは生き生きした顔。

一日の終わりの疲労の中でさえ、タブレット画面が提供するゲームがこれだけ人を惹きつけるのかと思ううち、思いは急進して、人生のすべて、全局面がゲームに過ぎないのだと分かれば、人びとはみな、もっと元気なままで居続けるだろうに、と考えるに到った。

そう、生のすべては本当にゲーム以上のものではない。心身の多少の疲れなど気にせずに遊び抜けるべきだ。生に価値はなく、意味もなく、勝とうが負けようが結局本当に得るものなどない。生死はゲーム盤の上のフィクションでしかなく、もちろん永遠の生死などもオプションの味付けにすぎない。どのようなものであれ、心身まるごとのシチュエーションゲームでしかない。まるで現実であるかのように痛切に感じるように仕組まれたゲーム。フィクションの中のキャラクターを演じているにすぎないのに、それが自己ででもあるかのように信じ込んでしまう巧妙なしくみのゲーム。

そろそろ、ほんのもう少しでも多くの人びとに教える時が近づいているかもしれない。人びとが大事だと思うもののすべてがじつはどうでもよいものであり、単にゲーム効果を上げるためだけに価値や真実というスパイスをまぶしていただけだったと知らせるべき時。

いや、やはりそのことは、私たちだけで保持しておくべきだろうか。人類も地球も一時的に今だけ在ればよく、それらの存続も進化もどうでもよいのであれば。

それを私たちは知っているが、そのことさえ人びとには知らせないままで、この虚妄のゲームの沼の対流をこのままの動きに放っておけばよいか。   





                              
   

2013年12月19日木曜日

フリーズドライコーヒーの下を潜って、湯は、


科学的に説明はつくだろうが、先日のインスタントコーヒー現象も奇異な現象に感じられる。カップ(1)にインスタントコーヒー(2)を入れ、熱湯を注いだ。少しヤカンを傾け過ぎたらしい。カップに落ちていく湯の速度が上がり過ぎ、カップの反対側を湯が駆けのぼって縁から上がり、多量ではないが外に零れた。カップを退けると、しかし、外に零れていたのは透明な湯だけで、これを拭った布巾はコーヒーの色に染まらなかった。カップの中のフリーズドライコーヒーの下を潜って、湯は、コーヒーを溶かす暇もないままにカップの外に零れたらしい。零れ出た透明な湯の跡や汚れていない布巾を見ながら、しばらく心は小さな動揺を続けた。少し脇に退けたカップにはフリーズドライコーヒーが溶けて、インスタントコーヒーに仕上がって湯気を立てている。こうなるわずか前の極小の時間の間を、透明の湯は駆け抜けてカップの外に逃れ、こうして跡を残し、布巾に浸透していったのだ。



(1)外径82ミリ、内径76ミリ、高さ70ミリの白いカップで、唇の接する上の部分に帯状4ミリ幅の濃紺の模様線が描かれている。パンのチェーン店〈リトルマーメイド〉橿原神宮前駅構内で19991226日に貰ったもの(3)

(2)MAXIM(味の素ゼネラルフーズ製)。インスタントコーヒーは好まないが、ドリップコーヒーを作る暇のない時に、急場しのぎで用いることがある。なお、ごく最近読んだネット記事には、ドリップコーヒーには発がん性がないが、缶コーヒーとインスタントコーヒーにはあるとわかったという話があった。

(3)この日、橿原オークホテルに朝に着いて荷物を置き、当麻寺と二上山に向けて出発する際に昼食用にパンを買ったが、ちょうど何かのキャンペーン中ということでこのコーヒーカップをプレゼントされた。故人となったエレーヌ・グルナックと一緒だった。前日には長谷寺と室生寺を訪ね、桜井駅前ビジネスホテルに投宿していた。荷物を増やしたくない二上山行の直前に貰ったこのコーヒーカップを私はしぶしぶリュックに捻じ込み、エレーヌに「こんな時に、こんなもの、要らないのに」と言った。当麻寺では奥の院で庭師と長く話した。二上山へは雌岳から上った。途中、気温が低下し、空もどんよりと雲に覆われたと見る間に霙となった。雪の吹きつける中の登山となり、何度も登った二上山の光景の中でも忘れがたい光景が続いた。雪嵐の中ながら、雄岳にも登って無事に下山した。夜は橿原神宮前駅構内の「利久」で夕食をとり、ローソンで買い物をし、ミスタードーナッツ(4)でコーヒーを飲んでホテルに戻った。


(4)この日、19991226日には、早朝にも桜井駅近くのミスタードーナツを利用し、そこで朝食をとったが、エレーヌと口論をした。やや不慣れな店員に対して彼女が厳し過ぎる言い方をしたので、それを少し諫めたのが発端だった。                                  
   







2013年12月17日火曜日

(自分、他分、…非分、無分、、、、


  




、、、自分として自分を、夕映え、するのにも疾うに、飽きて、

         (自分、他分、…非分、無分、、、、

釣糸を垂らす
この、大河のほとり
千年、余、

逝く、
逝く、
流れ、の、はやさに、

        (自分、他分、…非分、無分、、、、

心身の髄の奥まで
す、るッ、
す、るッ、
爽快

翠色の月光は
肌にぬるっとつるみ

        (自分、他分、…非分、無分、、、、

生、あるものか
これも、
河面、の、きらめきを、
しばし
生んでは
瞬間、のなかに、
永遠を包、む

期待は
ようやく内容を、失い
純粋期待、となって

         (自分、他分、…非分、無分、、、、

もはや
待たない、ことの
充溢よ

         (自分、他分、…非分、無分、、、、

逝く、もの…

逝く、も、の、…

         (自分、他分、…非分、無分、、、、

待たない、ことの
充溢、…よ、

                                
   






2013年12月15日日曜日

老婆たち





風が
つよいわねと言いながら
老婆たちは楽しげ

メトロに下る階段に

ぽつ、ぽつ、
てん、てん、

イチョウの葉が
ちょうど
よく
いいデザインを描いて
散っているが
すぐ
次の風が
また
模様がえをする

風が
つよいわねと言いながら
老婆たちは楽しげ

老婆たち
しか
この世には
いないかのように

ぽつ、ぽつ、
てん、てん、

ちょうど
よく
散っている

老婆たち

すぐ
次の風が
また
模様がえ

イチョウの葉

老婆たち

                                  
   




あの子たちが


  



あゝ、また…

知恵遅れ
なんて

呼ばれたりする
子が

子らが

近づいてきているな

気が
澄んでいくので
わかる

あの子たちが

まだまだ
救って
くれているんだ…                                  
   



あなたを



  

白さのはずれを点、点、点と歩き
ウインクして
また戻って
緑の野邉をちょっと夢みて
外す古い指輪

サザンカ、とカタカナで草書したくなっちゃって
水!
水!
水!に中指で書いてみる

まだまだ陽の高い冬
でもない
でもない
でもない
でもない
希少な時間の
エキスの滴る筆先のような心持ちで

待っているのです
あなたを