かつて住んだことのあるさまざまな場所の近くで
毎日のようにたびたび通りかかるのに
こちらにとっては何の必要もなく
これといった美点も特色もなく
どちらかといえば
そこに長々と止まりたくはないといったところが
思い出してみると
いくつもあった
とうにそれらの地を離れ
ふだんは完全に忘却してしまっているのに
ときたま
何かのきっかけで思い出すと
不思議なことに
簡単な観念の用い方や
言葉の安易な取捨選択では
たやすくは磨き出せないようなほの暗い魅力を
それらの小さな場所が
じつは帯びていたことに
気づかされたりする
あまり使われなくなった古い自動車が
何台も駐車されっぱなしになっている路面の汚れた駐車場の
もともとグリーンに塗られていた鉄網の囲いは
春から夏にかけて狂ったように豊かに繁茂する雑草で
覆い尽くされているのだが
地面と鉄網の間のわずかな隙間は
野良猫たちの潜り抜け路になっていて
道路から鉄網の向こう側へいったん入り込むと
猫たちは安心するらしく
雑草の隙間から視線を道路に投じて
かれらはよく静かに屈み込んでいたものだった
そんな向こう側のかれらに気づくと
こちらは足を止めて
費やしていられる時間もないというのに
指を数本動かして誘ってみたり
チャッ、チャッと声を出して誘ってみたりする
そんなことをしてみているわずかな間に
音もなく気配も立てずに
圧倒的な緻密さを以て“存在”の最も高濃度のものが
こちらの心や体の隈々に滲み込んでいっていた
と
これっぽっちも感得しないままに
そうして
何十年も経った後になって
あの時の指数本のゆらめかしの誘いや
猫たちに向けたチャッ、チャッこそが
この世の“存在”に正面から対峙しての正統な挨拶であり
その時の時間こそが
いま
私にとっての「私」である
と名乗りを上げようとしているのに
気づかされる
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