2018年9月13日木曜日

この組み方でプルーストなんかずっと読んでったら


 
きのう
光州事件をあつかった韓国映画『タクシー運転手』を見たあと
フランス語書籍の書店で
リルケの『若き詩人への手紙』の
ドイツ語とフランス語のバイリンガル版を手にとり
ひさしぶりに読み直そうかな
買おうかな
と思ったものの
なぜか
むしろ
メルヴィルの『モービーディック』に惹かれ
以前はつまらなく見えた
マルローの『空想の美術館』にも惹かれ
どうしようかな
とだいぶ迷ったすえに
横すべりして
うちにすでにあるボーマルシェの『セヴィリアの理髪師』
と『フィガロの結婚』
と『よこしまな母』
の三作集を買ってしまい
ついでにディドロの『運命論者ジャックとその主人』
を買ってしまったのは
どちらも
ガルニエ・フラマリオン版を
持ってはいなかった
から

ガルニエ・フラマリオン版は
行間が詰まっていて
ぎっしり感がある

この組み方で
プルーストなんかずっと読んでったら
たいへん



おゝ、こわ



安い散髪屋でカットしてもらいながら
北海道の地震だの
ほかの自然災害だの
の話

ふだんはあんなに
気候の安定している中国地方もやられ
近畿もやられ
東北は先にやられ
九州もやられ

このあと
長野や山形あたりがやられたり
関東や東海地方がやられたら
日本の食料は終わるよね
としゃべっていたら

いやあ
あんな災害になったら
すぐにコンビニに駆け込んで
あるだけのものを強奪しますよ
そういう時こそチャンスだものね
家族みんなで行って
奪えるだけ奪いますよ
子どもも連れていかなきゃ…

いかにもあたり前
という感じで店員さんが言うので
さすがに
ちょっと驚いた

いつの間にか
こんなところでも
日本も国際化してきていたんだ
と思いつつ

やっぱり
安い散髪屋はダメかな
とも思い

「どこに住んでいるの?」
と聞くと
常磐線沿線の駅名が
店員さんの口から出る

あゝ
やっぱりね…
と即座に思った

ここで書いたりすると
サベツ
にあたるのかね?
これって?

ぼく個人は
わるい思いもなにも
その地には持っていないが
知りあいが数人
その地やその近くを次の引越し先にどうかと
たびたび足を運んで
見てまわった後で
あのあたりはやっぱりダメだ
人気(ジンケ)が悪い…
実感を込めて
いろいろ聞かせてくれたことがあったのだった

散髪屋に
ちょっと行ってみる
というだけで
いろいろと
ヤヤコシイ話に
いくらでも
広がっていくわけですな

京都だけじゃない
トーキョー
だって
いっぱい
いっぱい
サベツ
ありまっせ

23区内に
住んでない?
住んでる?

23区内でも
まさか
あの区に住んでる?

まさか
まさか
トーキョーじゃない近県に
住んで
ないよね?

おゝ、こわ

こんな
なんでもなさそうなことながらも

おゝ、こわ

いつまでも
たぶん、永遠に

おゝ、こわ





ネクタイをしないことに決めた頃

 

ビジネス用バックパックの広告に
“けっして崩れそうになかった
ビジネスマンの定番スタイルさえ変えてしまった…“
というコピーがあった

ブリーフケースでなければ
せめてダレスバックでなければ
という縛りを
時代が超えさせてしまった
といった
ニュアンスで

もうしばらくすれば
サコッシュ姿さえ
ビジネスマンの定番のひとつに
なるだろうか

なっても
ならなくても
常識など
そんなもの
社会風俗など
そんなもの

満員電車で通っていた
二〇代サラリーマンだった頃
出社途中の車内で
ワイシャツはもう汗みどろになってしまい
しわくちゃになってしまい
スーツにまで汗が滲みていった
ある時
これに耐えるのをやめ
勤め先に着くまで
ネクタイをしないことに決めた
電車内も駅の中も
二度と会わないことの多い
未知の人体たちにもみくちゃにされる場所
シワのつかないようにスーツを着て
ちゃんとネクタイまでして
きちんとした姿を見せるべき場所というわけでもない場所
ネクタイなしのスーツ姿は
ヤクザの定番ファッションのひとつだったが
電車内でも駅の中でも
無縁の中でも最たる無縁の場所だから
ヤクザっぽくに見られて困ることはあまりない
むしろ得をすることのほうが多い…
こういう判断を
自分ひとりで編み上げた結果だった
おかげで
なにもかもが楽になった
上着もはじめから脱いでおいて
シワにならないように畳んで
軽いセカンドバッグに入れて行けば
さらに軽快に通勤できる

しばらく経った頃
官産一体となって仕掛けた
クールビズの風にも乗ったのか
ビートたけしのような人が
ネクタイなしでスーツを着るようになった
そうすると
なだれを打ったように世間はネクタイなしに流れる
ニッポンの世間などというのは
いつもこんなもの
ニッポンの常識というのは
いつもこんなもの

“なぁんだ、みんな、
ぼくのマネをしただけのことじゃないか…“
とずいぶんとバカにしながら
ネクタイなしのビジネスマンたちを
今のぼくは見ているが
じぶん自身は
そろそろ
猛暑の夏も冬も
ぴっちりネクタイをする着かたに戻ろうかな
と思ったりしている

いや
どうせ戻るんなら
キモノさえ大きく踏みこえて
古墳時代や神代に戻ろうかな
弥生時代や縄文時代のファッションをしたりすると
ひょっとして
今のグッチあたりの最新ファッションや
ストリート系や
ホームレスファッションに
近づくように
見えるかもしれない



2018年9月10日月曜日

講談社文庫昭和60年11月5日第5刷版『野火』


講談社文庫版の大岡昇平『野火』を持っている。
昭和47年第1刷とあるが、
私の持っているのは昭和60年11月5日の第5刷である。

読み通したことがないので、読み終えねばと思っていた。
読んだはずの部分の内容も忘れているから、
もちろん、冒頭から読み直さなければならない。

同じように読みかけの本はいっぱいあるから、
とくに必要に迫られてもいない場合の読書として、
あえて『野火』を選ぶ必然もないが、
激しい暑さの後にいろいろな災害が続いた今夏の終わっていく頃あい、
命の極限に晒された兵士の孤独な物語に惹かれでもしたのか、
9月に入ってから、ふいと手に取る気になった。

詠み終えたことがないとはいえ、内容はわかっている。
高校時代には戦後文学研究会を作って、
不思議と同好の学生の多く集まった学年どうしで放課後に集まり、
どの作家のどの作品のどの部分がいかに面白いか、
戦争の残虐や悲惨をどれほどよく描いているか、
高度成長期以後の社会への批判がどう込められているか、
そんなことを語りあいながら、時には夜の7時や8時になるまで、
教室や広大な芝生の暮れていくグラウンドでいっしょに時を過ごした。
どちらかといえば私たちは、武田泰淳や椎名麟三、
梅崎春生などを好み、まだ野間宏や埴谷雄高は持て余し気味で、
吉本隆明は上の世代が聖書のように持ち出すことから
食わず嫌いに毛嫌いし、私個人は花田清輝に心酔していて、
現代国語のレポートや記述式の試験では花田ふうの文体を真似して
批評家もどきを演じる高校生だった。

大岡昇平は私たちには地味に見え、あまり話題には出なかったが、
それでも『野火』や『俘虜記』や『レイテ戦記』などは
必読図書と認識されていて、古本屋で見つけでもすれば、
自分が持っていても、必ず、他の誰かのために買い足しておく、
そんな扱いの対象になっていた。
私自身も、確か、講談社文庫版の昭和47年発行の第1刷を
どこかの古本屋で買って、自室の書架に挿しておいたはずである。

その講談社文庫版の昭和47年発行第1刷は、どこで失われたか。
たぶん、私の人生を根底から覆し、
まったく予期も望みもしなかった方向へ脱線させてしまった
あの家庭崩壊事件の後、
母親によって、私のあらゆる書物とあらゆる私物とが処分され、
自分の家庭と思いこんでいた場所から、
私の存在と歴史が完全に抹殺されてしまった時ではなかったかと思う。
少年時代から大学生時代頃までに買い集めた書物だから、
たいしたものはないと言えば、そうも言えるが、社会に出てからよりも、
どれも、はるかに根をつめて真剣に本を読むような時代に
縦横に線を引いたり書き込みをしながらつき合った書物たちだった

私の手元に今ある昭和60年11月5日の第5刷は、
西暦でいえば1985年発行のものだから、世田谷住まいの時に
どこかの書店で新本を買ったものだろう。
その頃は井の頭線池ノ上駅の近くに住んでいたので、
当時、駅前にあったエンゼル書店で買ったのかもしれない。
あるいは、職場のうちのひとつとして通っていた埼玉県南浦和駅近くの
文文書店か、線路沿いのもうひとつの、名は忘れたが、
品揃えに少し特色のあった書店で買ったのかもしれない。
そこではパラマハンサ・ヨガナンダの自伝を見つけてすぐに買い、
その後の人生に大きな方向転回が齎された思い出がある。

急ぐ読書でもないので、日々、わずかな暇を見つけては、
亀の歩むように、少しずつ読み進めた。
道草のような不要不急の読書の場合、就寝前に、
枕を胸にしながら、小さな燈火を近づけて読むことが多い。
フィリピンでの無謀な日本軍の戦いのさなか、
肺病を発症したことから、軍にも野戦病院にも追い出された一兵士が、
ただ死へとむかってジャングルを彷徨するだけの話にもかかわらず
あかりも消さずに、そのまま眠りに落ちても、
意外に、悪い夢に陥っていったりはしなかった。

十八章「デ・プロフンディス」に来た時、
「地上で私の救いを呼ぶ声に応えるものは何もない」という文に、
鉛筆で線が引いてあるのを見つけた。
それだけでなく、その文の上に、やはり鉛筆で丸印が付けられている。
この章は、その前のいくつかの章とともに、
山中彷徨の末に急に開けた原で出くわした無人の村で、
語り手の兵士が、教会の中に複数の腐敗した日本兵の死体を発見し、
聖書にまつわる多少の考察の展開される部分である。

古本屋で買った本でないことは覚えているので、
鉛筆で線を引いたり、丸印をつけたのは、かつての私でしかあり得ない。
…とすると、すでに、ここまでは読んだことがあったのか?
不審に思いながら、その後のページもぱらぱらと見てみると、
数は少ないが、ところどころ、線が引いてあったり、
丸印がつけてあったりする。

おかしいな、こんな後ろまで読んだ記憶もないし、
内容も全く覚えていないというのに…
そう思いながら、さらに、作品の最後のページまで行くと、
やはり、薄い鉛筆書きで、
1986年3月11日、了
とあり、
もうひとつ、
1997年7月3日、再読
とあった。

この記録に、私は驚いた。
私は普段、本を読み終わった後に、このように読了の印を
本に記入することはない。
フランス語でずいぶん根をつめて読んだサルトルの『嘔吐』や
リアルタイムで読み続けたル・クレジオの80年代の長編小説群などには
最後のページにフランス語で読了の記入をしてあるが、
あくまでそれらに限られていて、
日本語の小説作品などには、読了などということを記入することはない。
とすれば、ル・クレジオなどの愛読に引き摺られて、
うっかり『野火』にも同じような記入をしてしまった時期だったのか?
あえて推測するとすれば、このように思われた。

それにしても、
二度も読んでいるというのに、
『野火』を一度も読了したことがないと今の自分が思い込んでいたのが、
もっと私を驚かせ、なにか、異様な雰囲気に包まれるようだった。
2018年の、この秋のはじめにあたって、
なんとなく書架の隅の『野火』を手に取ってみて、
そうだ、そろそろ読了しておくべき作品だ、などと思い、
そうして少しずつ、夜な夜な、文から文、ページからページを追って、
冒頭からの一文一文、どれにも一切の記憶なしに、
あの40代の大岡昇平の、やや読みづらい生硬なところのある文を
たどり続けていっていたのだ。

そうか、読んであったのか、
しかも、二度までも…
そう思い直しながら、さらに奥付まで捲っていってみると、
やはり薄い鉛筆書きで、いくつかメモがあった。

「紀伊国屋わきのカオール」
「えりか チョコを?」
「企画会議 午後二時 本部 3F」

これらは、手元にある本にとり急ぎのメモをとる癖のある私が、
いろいろな本に記す文字のいくつかで、今となっては、
もう意味もわからず、状況も思い出せなくなってしまっている。
ところが、
最後のもう一行、

「2018年の秋に」

このメモには、驚愕させられた。
2018年の秋に…何なのか、それは書かれていない。
たゞ、「2018年の秋に」だけ。
どういう考えで、どういう必要で、どのような状況で、
メモされたのか、まったくわからないながら、
まさに、「2018年の秋に」、この自分の手になるメモに出会い、
まさに、「2018年の秋に」、メモを読み直している…

私の持っているこの講談社文庫版の大岡昇平『野火』には、
もう古くなったというのに、まだカバーがきれいな状態で付いている。
そこに描かれている絵、というか、デザインというかは、
黄みどりの上に、もう少し濃いみどりの液を垂らしたようになっていて、
陶器の表面のような雰囲気を出してある。
昭和の終わり頃に有名だった装丁家の栃折久美子による挿画である
この人の装丁が好きだった友がいて、
あれこれの本を見ては、これも栃折久美子、
あれも栃折久美子、
やっぱり栃折久美子のは…などと、よく語っていた。

その友の消息も途絶えて、久しい。
もう死んだのかもしれない。



2018年9月8日土曜日

スキロフニミナの飲み物


 
ぼくは自分の中をみつめるよりも、窓の外をみつめてしまう。
ぼくはそんなふうに生きている。
ぼくの中心は窓の外にあるんだ。
布村浩一『横浜』



入り江からずいぶん上ったところです

途中の坂はなだらかで
メロポントスの小花が道端に
ぷつぷつ
ろつろつ
たいそういっぱい咲いていました

まるで幼時の
もっとも甘美な瞬間にでも
たちまち戻らせられるような
あゝ、
若みどりの草々のふかふか咲いた
高原
…などというと
まだまだ冷たげな言い方になってしまうかな?
やっぱり
原っぱ
…と呼ぶべきでしょうか

とても大きな原っぱがひろがっていて
わたくしのこころはよろこびました

ですから
こころに言ったのです

「おい、こころよ、まったく
「予想もしなかった原っぱに
「来てしまったものだね
「いいから、自由に飛びまわっておいで
「わたしのほうは
「いつまでも待っているからね

もちろん
こころはすぐ
わたくしの胸を去り
力いっぱい原っぱの若草の上を
あっちに行き
こっちに行きしながら
駆けまわったり
飛翔したり
そうかと思うと
地面をころころしたり
とにかく人間の肢体でない
まったく可塑的なやつですから
ちょっと見るとなにがどうなっているのか
まるで見当もつかないようなぐあいに
ちょうどキャンバスの上に
絵筆でぐにゃっぐにゃっと
絵の具を引きのばしてみたようなふうに
くっきりとした輪郭など見えない
方向を変え続けるひかりの流れのように
どぅどぅどぅどぅどぅどぅと
移動するというか
走り続けていくしまつです
絵の具と違うのは
決まった色がないところで
そうかといって
まったく色がないわけでもなく
虹色になったかと思うと白色になり
急に金色にもなったり
キラキラ感のある紺になったり
なんともかんとも
ほんとうに説明に窮してしまう有様です

こころにこんなふうに
勝手に駆けまわらせていながら
わたくしはといえば
小さなカフェのような店のテラスで
つばの広い帽子をぬいで
顔をちょっとはわはわ扇ぎながら
奥から出てきた
白い民族衣装みたいなのを着た娘さんに
なんでもいいから
ひとつ飛びっきりさっぱりした
おいしい飲み物を頼もうとしました
すると肌の白いきれいな丸顔の娘さんは
「スキロフニミナの葉の飲料がおいしいですよ」
はじめて聞いた名だけれども
ここでははじめてのことだらけですから
このよくわからない葉にも興味が湧き
注文してみることにしたのです

娘さんが持ってきたスキロフニミナの飲み物は
ちょうどさっき見たような
原っぱを駆けまわるこころの
あの動きそのもののような
まったくもって
なんとも形容できないような
色があるのか
ないのか
グラスの中で流れているのか
それとも
どんな飲み物においてもありえないほど
超絶的な停止状態ででもあるのか
いくらじっと見つめても
まったくわからない
異様な透明感と白濁感と全色感とが
入れ替わり
立ち替わり
し続けているような様子で
なんだかちょっと怖いようで
ほとんど危険な液体のようにさえ見えました
ちょっとビクビクしちゃうかなぁ、と言うと
大丈夫です
ちょっと飲んでお見せします
と娘さんは言って
サァッと一口含みました
そうして
喉をヒクヒクさせ
ゆっくりと呑み込んで
「あゝ、やっぱり、とても爽やかでおいしい!」
なんだか
さも自分がお客ででもあるかのような顔です

ともあれ
大丈夫そうだというのはわかったので
わたくしも飲んでみることにしました
あたまの中では
(スキロフニミナねぇ…
(スキロフニミナねぇ…
(スキロフニミナねぇ…
などとだれかに語りかけるように
この葉の名がくりかえし鳴ります

飲み物の味をしっかり味わう前に
娘さんがわたくしの胸に手をあててきて
「こころはどこへ行ってしまったの?」
とふいに聞いてきました
「こころは、ほら、あそこに…」
と指をさして示そうと思ったのですが
さっきまでこころが駆けまわっていたあたりに
どうしたことでしょうか
もうこころは見当たりません
「おや、さっきまであのあたりに…」
と見まわしてさがそうとしましたら
「いいんです
「これからはわたしが
「あなたのこころになりますから
と娘さんはわたくしの耳に口を近づけて言い
耳からなのか
それとも胸のどこかの隙間からなのか
ふいっとわたくしの中に入って
わたくしのこころになってしまったのでした
以来わたくしはじぶんのこころが
いっそうよくわからなくなってしまい
他方わたくしのほんとうのこころは
あいもかわらず
喜びいさんでどこかを駆けまわっているまゝですから
わたくしはなにかというと
わたくしのなかをなどではなく
わたくしの外ばかりを
見つめ続けるようになってしまいました

入り江から
ずいぶん上ったところで始まったおはなしです

途中の坂はなだらかで
メロポントスの小花が道端に
ぷつぷつ
ろつろつ
たいそういっぱい咲いていました




祝福



うつくしいところ
とてもしずかなところ
しめりけがほどよく
いつまで
ひとりっきりでいても
さびしくならないところ

むかしには
おおきなさいがいのあったところ
おおきなせんそうもあったところ
いまでもでんせつにのこるような
ざんぎゃくなことのあったところ
いくつもうらぎりもあったところ

でもいまは

うつくしいところ
とてもしずかなところ
ほどよいしめりけがあって
いつまで
ひとりっきりでいても
さびしくならないところ



2018年9月5日水曜日

台風21号のおかげで


朝食にはほのかに塩味のきいたオートミールも食べるんだ
イギリスふうにミルクを入れて煮込むんじゃなく
じぶんで編み出した方法で白米のように“焚き上げる”のさ

大匙5杯のオートミールをコップ8割の水で煮込むんだけど
小ぶりのステンレス鍋で5分ほど煮て湯を蒸発させる
そうすると鍋の中に雑穀米のような姿で“焚き上がって”いるんだな

ふだんは干しブドウを20粒ほど散らして煮るんだけど
干しブドウが切れたのを昨日はうっかり忘れてしまっていたよ
台風21号で荒れた夜を買い物に出ないで済ましてしまったしさ

そこで今朝は干しブドウなしで焚くことにしたんだけど
干しブドウの食感やほのかな甘みのないオートミールも旨くて
そこにすりゴマをかけるとまた別の美味の発見となったんだな

台風21号のおかげでオートミール料理に新たな味覚が加わったんだ
朝食にはかつてはパンやシリアルやもちろん和食も試したけれど
数十年も試行錯誤しながら最高の栄養価のこれにたどり着いたんだよ