ねむりのあとさきの
さびしさに
ひとり
なんと
とおいところへ
きてしまっているのか
と
おそろしいほどにも
なる
だれもいないところ
おこったことの
みな
きえさってしまったところ
わたしは
もう
わたしが
だれであったかも
すっかり
わすれてはて
どんなひととしたしんだか
どんなことばをかたり
どんなおもいをいつくしんだか
みな
おぼろげになってしまって
はじめもさいごも
しれない
くらいような
しろいような
ぼんやりとした
ちゅうかんちたいの
どこかに
よわよわしく
たっている
それも
たちつくすほどの
ちからとてもないので
いつも
ゆれているような
ふるえているような
これからの
むかうべきほうこう
どころか
まなざしを
むけるほうこうさえも
わからないで
いる
いる
というほどの
たしかさもなく
い
る
九月には
九月の歌など贈らずに
六月の歌を贈ろうか
九月
六月
みつきほど
過ぎるあいだに
ろ
が取れて
くがつ
くがつ
ろくがつ
なつかしい
ろ
がまだアタマにあった頃
…蒸してきている
午後は豪雨になるかもしれない、と
予報も出ている
雲がやってくるのか…
雨がやってくるのか…
龍だって
いつか
きっとやってくる…
風雨のなかを
きっと
かるがる
縫うように
飛びまわっているのが
見えるに
ちがいない
いつか
太陽が出て
雨が降っていない
降っても
困るような
大降りではない
このしあわせを
どう
表わそう
人は
好天の日
たった一日で
人間を超え
宇宙になることができる
今日こそ
宇宙に
なりきってしまおう
あした
また
人間に戻っても
いい
あした
餓鬼とか
暗く
さもしい心に
なってしまっても
いい
いちど
宇宙になりきれば
それは
永遠の種
泥の中から
なんども
芽を出してくる
よい水を飲めといわれ
よいものを食べよといわれる
そう聞くのはつらい
よい水も飲めず
よいものも食べられない時が
あるから
何十億というわたしが
そうできないでいるから
そう思うことさえ
できないでいるから
われわれの研究の大半は無目的であるべきだと思う。
ジョン・アクトン卿
芸術かどうか
見極めかたははっきりしている
好きで好きで
つくってしまったものか
それとも
他より
わたしを見て見て
の結果の
産物か
好きで好きで
の
産物は
こっちが見なくっても
一向
へこたれない
見て見て
と
こびを売ってもこない
なにからなにまで
すてきに
勝手だ
すてきに
勝手なやつだけが
他人も
すっかり
勝手にさせてくれる
わたしも勝手
あなたも勝手
芸術はこれだ
インゲヤード・ローマン*展を見に
訪れた
国立東京近代美術館工芸館
の
窓から
煉瓦壁を
(陸軍近衛師団司令部庁舎だった頃も
(同じ煉瓦だったかと思いながら
しばらく見つめている
真緑のハナムグリ
が
一匹
飛んできて
煉瓦壁にとまった
すぐ目の前の皇居に
窓は
向かっている
ここから
皇居を見つめた多くの陸軍軍人が
いたことだろう
(と思う)
煉瓦の色と
自分の真緑の色の対照が
人間に
美しく見えるのを
ハナムグリは
もちろん知るまい
(と思う)
(と思う)
も
煉瓦と
ハナムグリと
いっしょに
そこに
とまっていたか
(と思う)
の
( )
の
ニュアンスを
消えた陸軍軍人の
うちの
美意識に敏感だった人の
まなざしへ。
ハナムグリ
へ
も。