2020年4月5日日曜日

運命の女神モイラの三女神が




外には剣があり、内には疫病と飢饉がある。
野にいる者は、剣にかけられて死に
町にいる者は、飢えと疫病が滅ぼす。
  エゼキエル書715


                The sword is outside; plague and famine are within.
                       Those in the country will die by the sword, 
                      and those in the city will be devoured by famine and plague.
                                                                                              Ezekiel 7:15




安倍政権から 
布マスク 
まだ
届かない

もう 届いた 
という
知りあいも 
いる

来るかな 明日には?
来るかな あさってには?
届いているかな 来週末には?

など 
と 
考える 
と 
安倍首相 
サンタさん 
みたい 

……感じないよ 
べつに

でも 
サンタさん 
サンタクロース 
などと
いうことばが
三太 苦労ス
なんて 
ことば遊び 
勝手に起動しちゃったり 
して
ぽーっ ぽーっ と 
あたまに 
浮かぶ

やばいね
死が 
近い証拠だ
なにかしらの 
マッチ売り 
の 
少女 
の 
フランダース 
の 
犬 
の 
少年の
町の 
都の 
もう 
国 
死んでる 
からね
信頼 
の 
政治 
の 

世帯 ごと に 二枚 の 配布
と いう の は
ずいぶん 馬鹿に されている
四人家族 や 五人家族 は どうする の か?
三人家族 は どうする の か?

政策立案者 は
紙製マスク が 世界的に 足りないので とりあえず
世帯 ごと に 二枚 郵送 する
と 言っ て いる

しかしぼくはすぐに考えたものだ。ははあ。これから外出禁止を出してくる。忖度の国にっぽんではどこまでも自粛ということばで来るかもしれないが実質的な外出禁止令となる。その時に。各世帯から一人か二人のみの外出としてください。と。指示。どうせ外に出るのはひとりかふたりだから、マスクは二枚まででよい。しかも外出は三日に一度のみにしてください。ともなれば。一度使って、洗って、乾いた頃に、また外出だから、ちょうどいい枚数。さらには、各世帯でひとりのみの外出としてください。ならば、ひとりが二枚のマスクを交換しながら使うのだから、二枚で十分すぎるほど。

ははあ。このための準備だな。と。ぼくは考えたものだ。

政府がやることの裏にはすべて理由がある。馬鹿どころではないのだ。
安くしときますよ。いやあ。この値段で売っちゃあ大赤字だ。なんて言う商人が大赤字のわけがない。しっかり在庫処分していたりする。政府というのは巧妙な商人の超大型版だから、転んだって大儲けする。大儲けする場所にしか転ばない。

戦時中でいえば、もうB29の大群が本土上空に入っている。
これから人口密集地の各地に爆弾を落し始める。
爆弾に当たったり、火事に巻き込まれたりして死傷者が多く出るはずだ。
しかし、AさんやBさんが死ぬと決まっているわけじゃない。
爆裂や火事は起こるだろうが、ひょっとしたら、誰も死なないかもしれない。
やっぱり神風も吹くかもしれない。
けっこう、ぜんぶ不発弾だったりして(笑)
なぜだかにっぽんの場合は意外と大丈夫なんだよね。
けっきょく精神の問題だし。
運不運は日ごろの信心や気の持ちようによるし。

にっぽん国民よ
もう
尽きているよ 万策
手をたびたび洗ったりマスクをしたり過密を避けたり
だけで感染しないと思ってるなら甘い
ぜったいあなたは感染する!
ぜったいあなたの家族は感染する!
ぜったいあなたのイイヒトは感染する!
いまのところ500人にひとり死ぬぐらいだが
これから死亡率はまだ上がりそうだから10人にひとり死ぬ
ぐらいまで
行く征く逝くかもしれない
でも10人に9人は生き残る
もっとひどくても8人は生き残る
硫黄島やペリリュー島より安全じゃないか!
そう怖がる必要はない

政府は国体護持を至上命題としている
あなたは国体であろうか?
ないよね
だからといってアナタ終ワリというわけでもない
運命の女神モイラの三女神が守ってくれるかもしれない
クロートー、ラケシス、アトロポスがね
守ってくれないかもしれない
けどね

略奪と暴動
これをやらないと一日も生き延びられなくなるよ
自分よりちょっとでも物持ち・金持ちを殺せ
そうなるよ

それから
大地震
来るからね

津波
覚えているよね
あれだ
運命の津波
ウイルス感染さえしなければなんとかなる?
とんでもない
家の前の路上で首を掻き切られるよ
関東大震災の時のことがはるかに巨大な規模で起こる

厭なら
いまのうちに自殺することだ
他人を殺すのが
厭なら

武器を準備しておけ
銃を買っておくアメリカは正しいね

さあ ゲームの始まりです
殺人者が言っていたね
むかし

来たよ

シンクロ率
あげとかないとヤバいよ

どうせ
遅い早いの違いで
みんな逝くんだけどね

もう
希望も
夢も
望みも
ないよ

いや
ないわけではないんだけど
10年は続く混沌を
生き延びられるかな あなた
ムリなら
はやいうちに逝っておいたほうがしあわせだ
昨年や今年のはやいうちに死んでおいた
って感じの人たち
まわりにいっぱいいるでしょ?
あれが幸福者っていうわけ
いま逝くのもまだ幸福の部類
大津波が来ている
どう死ぬか
どの時点で命の糸を離すか
そこが問題になる
イスラム国の兵士に生きたまま首を掻き切られるような死が
みんなを待っている

先進国とか言っていたみんな!




2020年4月2日木曜日

それ トトントとトトントと 顔と顔



三波春夫の東京五輪音頭(1963)を
チャラン・ポ・ランタンが見事に歌っている*

♪オリンピックの顔と顔
それ トトントとトトントと
顔と顔

このくだりを聞いて
ありありと当時の空気感が
頬に
うなじに
手の甲に
腕に
べったりと蘇ってきて驚いた
心底驚いた
1963年から1964
どこに行ってもこの音頭が流れていて
都心の繁華街に行っても
近場の商店街に行っても
これが流れ続けていた

63年には幼稚園にも上がっていない子どもだったから
買い物に出る母に毎日のようについて行く
64年には幼稚園に行き出したが午前中で終わってしまうから
午後になるとやはり買い物について行く
行く先々でどこでもこれが鳴っていたのだ
ほんとうに
これが

父の仕事上の都合で
うちの家族は追われるように
東京から仙台へ
新潟へ
引っ越しをくり返していた
1963年の秋には名古屋の端っこの守山区市場に引っ越したと思うが
谷田川のほとりの雑駁な土地で
土管作りの会社が作ったアパート住まいだった
大小さまざまな土管が置いてある広い敷地で
土管屋のお姉ちゃんたちとよく遊んだが
下水道に使うような大きな土管のなかに入って
人形遊びやおままごとをするのが普通だった
雑草を干して砕いてからお茶を淹れる遊びなどは
この頃に学んだり編み出したりした
うちにいる時は朝から子ども向けのテレビを見ていて
「ブーフーウー」や「ジャングルおじさん」をやっていたが
「ひょっこりひょうたん島」はまだだったと思う

それらの子ども番組よりもつよい印象を受けたのは
11月のケネディ大統領暗殺を伝えるテレビ放送のほう
人が映っていないホワイトハウスの風景がずっと流されていたが
大統領のことも人々の動きも映っていないので
なんだかヘンだし面白くないなあと思って見ていた
初の日米間の衛星中継によるテレビ伝送実験が行われていたそうで
ウィキペディアによれば
即座に事件の詳細が伝えられ、視聴者に大きな衝撃を与えた。
伝えたのは毎日放送北米支局記者の前田治郎で、
第一声は以下の通りであった。
『日米宇宙中継という輝かしい試みの電波に乗せて、
悲しいニュースをお伝えしなければならない事を残念に思います。
アメリカ合衆国第35代ジョン・F・ケネディ大統領は
1122日、日本時間1123日午前4時、
テキサス州ダラス市において銃弾に撃たれ死亡しました』
午前4時にはもちろん起きてテレビを見たりはしてはいないから
その日の8時や9時以降のテレビ放送を見たことになるのだろう

ケネディ大統領がどんなに素晴らしい大統領で
若くて格好がいいかは
年がら年中 親たちや叔父さんたちや他の大人たちが言っていて
そう思って写真をみるとキリッとしていて確かに格好がよく
父や他の大人たちも散髪はケネディ・カットで
あの大統領がどれほど世界の男のファッションを変えたか
1960年代を生きていなければ体感的にはわからないだろうと思
人生でなにが世界的大事件だったかといって
心情的にはケネディ大統領の死ほどの大事件はなかったように思う
ベトナム戦争であろうが安保闘争や学生運動であろうが
それ以外のことはヒーローを求める子どもにはたいしたことはなかった
ホー・チ・ミンの山羊ひげ顔では格好悪すぎだし
太った豚おじさんみたいな毛沢東の姿はなるべく見ないで過ごしたかった
チェ・ゲバラも同時代人であれはちょっとイカしていたけれど
ラテン系の髭顔というのは薄汚くむさ苦しくも見えた
ぽわぽわのお姉さんのマリリン・モンローとも仲がいいということで
どうしたってケネディ大統領だったのだ
2つボタンの軽装スーツに細く結んだネクタイをするというのも
ケネディ大統領から全世界に広まったようなもので
今でもぼくが2つボタンのスーツやジャケットにこだわるのは
ケネディ・スタイル以外はダサくて身につけたくないという
60年代に幼時の脳髄に染み込んだスタイルが強烈なままだからだろう

1963年のうちに新潟を離れておいたというのは
じつは大変なことでもあって
1964年の616日に新潟大地震が起こっている
もう少し引っ越しが遅かったら遭っていたねえ
もう少しのところをギリギリで助かったねえ
という話は数年のあいだ家族や親類の間で出続けた
なじみの新潟に大地震があったりケネディ大統領暗殺があったりで
慌ただしい年々だったが
オリンピックがあるというので
ざわざわとしながらも世の中には上がり調子な雰囲気があった
ケネディ大統領はオリンピックに来れなくなっちゃったね
とまわりの大人によく話したが
それがぼくなりの追悼の表現だったかもしれない

1964年の春からは守山区の第二富士幼稚園に通うようになった
ネットで調べてみると今でも存在していて評判がよいらしい
写真を見ると建物はもちろん当時とは違っているが
敷地内の建物や遊具の配置などがあまり変わらず驚かされる
滑り台の上からぶら下がったらうまく移動できずに凍り付いてしま
泣きながら両手で必死にしがみついているところを
先生に助けにきてもらった時に見た園舎の風景が
今もほとんど変わらないのをネット上の写真で見て驚いてしまうの
助けに来てくれた担任の若い女の先生は眼鏡をかけていて
いつも決まった香水の香りをさせていて
毎日幼稚園に行くと先生に抱きつきに行って
香水の香りを嗅ぐのが挨拶でもありなにかの確認のようだった
幼稚園児はいつも犬のように親しい人に飛び込んでいくものなのだ
マイクロバスが毎日谷田川の土手に迎えに来て
それに乗り込んで幼稚園に向かうのだが
母や家からひとりで離れるのが寂しくて辛くて
幼稚園では不安でたまらなかった
他の子どもといっしょにいるのはそれはそれで面白くはあったが
ふだん自分がいる家やその周囲から離れるのが辛い
今になって思い返してわかってくるのは
離れるのが辛いのはじつは自分の「家」なのではなく
名古屋の守山区市場のあのあたりであり
その後に住んだ愛知県岩倉町(現在は市)であったりすることだ
幼児から少年になっていく頃のぼくはこの世に根を張り始めていて
張り出した土地は守山区であったり岩倉町であったりしたのだろう
1968年に関東に引っ越すことになった時は
東京生まれ東京育ちの親たちはようやく故郷に帰れると喜んでいた
同じく東京生まれでありながらも
守山区や岩倉町こそ故郷のように痛切に感じていたぼくには
心の引き裂かれるような辛い出来事だった
東京人でありながらも東京に出てきた地方の人の気持ちもよくわかるのは
ぼくがどこまでも守山人で岩倉人だからなのだろう
ケネディはベルリンで
Ich bin ein Berliner(私はベルリン市民だ)と言ったが
たぶん二十歳頃まではぼくも
Ich bin ein Iwakurar(私は岩倉町民だ)と思い続けていた
そう思っていないと
東京や関東の底知れないつまらなさや
どうにもこうにも肌にあわないどうしようもない感覚に
負けてしまいそうだった
(ドイツ語でIwakurarって言えるのかどうか、ぼくは知らないが…)

ともあれ
三波春夫の東京五輪音頭が
どこに行っても
津々浦々
流れていた
都心の繁華街に行っても
近場の商店街に行っても

関東住まいの母方の祖父母の家に頻繁に行っていたし
新しいもの好きの祖父に伴われて
196410月開通の東海道新幹線にかなり早い時点でぼくは乗
東京駅だったか
その周辺のレストランでも美波春夫を聞き
銀座や日本橋でさえも
都内のあちこちの店でも
三波春夫を聞き

♪オリンピックの顔と顔
それ トトントとトトントと
顔と顔

このくだりを
頬に
うなじに
手の甲に
腕に
べったりと受け止めて
オリンピック競技場には入らなかったものの
代々木の競技場には散歩に行って
ほら、この中でいま競技をやっているところよと言われて
階段を上りながら見上げたら
足を踏み外し
よろめいて転んだものの
まだ
マルセル・プルーストが『失われた時を求めて』で描いた主人公の
ヴェネチアの街路で踏み外してのよろめきを
もちろん
知りもしない頃だった

♪オリンピックの顔と顔
それ トトントとトトントと
顔と顔

♪オリンピックの顔と顔
それ トトントとトトントと
顔と顔





*チャラン・ポ・ランタン「東京五輪音頭」(1963




これから人間界に起こっていくのは




             人類はさまざまな文明をつうじて進化してきたが、
     その文明の多くはかつて、当時のヒーラー、
     神官、医師らによって語られる霊的知識を
     真なるものとして受容していた
     母なる「レムリア」あるいは「ムー」とよばれる大陸に
     住んでいた太古のむかし、人々は高次の霊的自己と
     直接的なつながりをもっていた。
                           リチャード・ガーバー
        『バイブレーショナル・メディスン』
                  (上野圭一訳



この頃はあたり前のように
集団殺処分されてきた
ウイルス感染した豚や鶏や牛たち
感染していないのに
予防的に殺処分されていく
周辺の豚や鶏や牛たちも多かった

あゝ あれはいつか人間に来るだろうな
いつか人間に来るべきだろうな

そう思いながら
この何十年は人間の一味として
暮らしてきてしまっていた
地球の精霊の側からの観察者だったのに

これから人間界に起こっていくのは
豚や鶏や牛たちが被ってきた集団殺処分
経済停止や社会システムの停止というかたちで
確実に実行されていくように組まれている
豚や鶏や牛たちにしたシステム思考が
そのまま人間にも向けられていく

だって思考は人間ではないのだから
思考は独立した生物で
むしろウイルスの側についている機構体で
そもそも地球の自然から派生してきた
自然保護を内在化している自律した運動だから





この第4四半期は


交通事故による死者数は
全世界で年間135万人ほどだという(2016年統計)
新型コロナウイルスによる死者数は
目下のところ4万人超え
死因はだいぶごまかされているらしいから
この疫病が殺した人数はもっと多いかもしれないが
それでもまだ10万人ぐらいだろうか

世界中で外出自粛だの外出禁止措置だのが採られ
どこもかしこもガラガラなうえ
警察や憲兵が出て取り締まっているから
交通事故だけはかなり減っているだろうと思う
いま3ヶ月過ぎたから12分の4で考えれば
例年なら34万人近くが交通事故死しているはずだが
今年はだいぶ救われたんじゃないのか
交通事故死担当の死神たちとしてはこの第4四半期は
コロナにだいぶお株を奪われたかたちだろう

インフルエンザによる死者数も国内で3325人(2018年統計
29万人から65万人ほどは毎年世界中で死んでいる
ウイルス界の新人COVID-19はこの先輩に追いつこうと
昨年末からずいぶん頑張っているようだが
さて どこまで延びていけるかまだわからない