2020年4月27日月曜日

嬉しい気分も半端ではない2020年の晩春なのである


COVID19対策として
日本の政府とか東京都は
外出禁止令
などは出さずに
外出の自粛を“要請”するという
ウルトラC級の奇妙な言語表現を創出しやがって

そんなこんなで
あれが
こう作用して
こう作用したそれがあれにぶち当たって
ああ作用して
と
医療だけでなく経済やマナーやあれやこれやと
こんがらがって
珍妙なSF世界が展開されるに至っておる

風が吹けば桶屋が儲かる式の端っこに
スーパーマーケットが混雑する
という現象もあるわけだが
―-はい、ここでふいに極私的な話に落とし込みますが
ぼくがよく行くスーパーはぜんぜん込まないのだ!

まぁ、都心にあるということもある
まぁ、夜の8時以降にしか行かないということもある
まぁ、夜の10時から11時にようやく行く時もあるということもある
とにもかくにも混雑にはまずもって遭遇しないのだ!

なぜ夜の8時以降にしか行かないのか?
このスーパーではこの時間を以て値引きが盛大に始まるからである
ブリの切り身とかサバの切り身とか刺身とか
そういうのは客足が増える夕方が過ぎると値引きを始めるが
だいたいその頃の値引きというのは10%20%ばかしで
ぼくのようなプロの値引き狙いから言わせればインチキ値引きである
8時を過ぎるとこれが一気に30%から半額値引きになってくる
せいぜい半額ぐらいにしかならないとはいえ
今まで1000円だった刺身が500円になるとオオッと思う
厚切りのブリの切り身が600円だったのが300円となれば買っちゃう
だから断じて8時を過ぎないといけないのである
もちろんこちらにも生活の都合というものがあって
8時より前の時間に買い物をせざるをえないことがあり
忘れもしないふた月ほど前のことだが
7時台に買い物に行き美味そうな刺身も見つけたので買って帰宅したら
買ってきたニンジンの端っこが袋の中で腐っていて
すぐに替えてもらいにスーパーに戻ったらちょうど8時を過ぎる頃で
ニンジンを替えたついでにもう一度刺身コーナーも覗いてみたら
なんとさっき買った刺身盛り合わせが半額になっていて
ええええええ、ちょっとの時間の差しかないっていうのに!
とショックを受けた衝動から同じものをもう一皿買ってしまった
これ以来スーパーに行くのは断じて8時以降案の採用とは相成った

都心にもマンションは多いし住人もけっこういるのだが
夜はなんといっても郊外の住宅街とは比べものにならない人口過疎なので
コロナ以前でも土日は閑散として正月と盆がいっしょに来たようだし
コロナ真っ最中ともなれば人類が滅んだ後の都会みたいな夜である
スーパーに行くのには車の多い目白通りを横断したりするが
もう車の来ないことったらありゃしないから信号なんぞどうでもいいし
けっこう幅のある車道をどこであれ我が物顔で通ったりしている

コロナさまさまだね
というコトバを最近はよく使うようになっていて
町の雰囲気が閑散としてすれ違う人もほとんどいない夜ばかりとなって
ようやくニッポンにひさしぶりに闇が舞い戻ってきてくれたか
と嬉しい気分も半端ではない2020年の晩春なのである




一番町の中華屋

  

皇居のまわりならどこも馴染みになったが
英国大使館の裏のほうはあまり歩いていない
そう思って三宅坂に向かう内堀通りを途中で放棄して
(放棄というのは、千鳥ケ淵公園や内堀通りを離れて
(たいして面白みのあるとも見えない麹町へ逸れるのは
(実際に歩いてみればわかるがけっこう残念なもので
(どうしても皇居の近くを離れたくない散歩心が
 (方向を変えようとする足を引き留めるからだが
だいたい四谷駅に向かっていくようにと心づもりしながら
一番町のほうに入って行ってみると意外と雰囲気はよく
将来住むのにそう悪くないあたりのひとつかと思いを改め
高級マンションの並ぶ中に面白い店もぽつぽつあったりして
さっきまでの思いはどこへやらで急速に考えを変えたが
ル・グルニエ・ア・パンLe grenier à Painという
フランス風パン屋を見つけてなにか買ってみようと思う
ここのバゲットはフランス本国でも褒められたとかなんとか
広告が貼り出されているのできっと美味いのだろうと思いつつ
さりとて先刻は玄米を漬けてきたばかりでもあって
今日明日にバゲットを食べる必要もないのでバゲットはやめにし
クロワッサンとチョコパンを買って道々歩きながら食べ始める
フランスパン屋はもちろんバゲットを筆頭に
くわえてクロワッサンとブリオッシュを食べてみれば
店のレベルはすぐにわかる
ここのクロワッサンは乾いた感じのできあがりで
まずまず美味いものだったのできっとバゲットも美味いだろう
チョコパンはパン・オ・ショコラではなくて
蒸しパンを乾かしたような生地のものでこれは大したことはない
素直にクロワッサンをもうひとつ買っておくか
パン・オ・ショコラにしておくべきだったと後悔する
クロワッサンが美味かったとはいっても
王子の明治堂のものほど美味くはなかったので
クロワッサンの道はなかなか難しいものだと再認識させられる
このフランスパン屋は今回の実験のみで私の意識からは消えるだろう
それよりもこのパン屋のとなりの小さな中華屋「三貴苑」というのが
じつに美味そうなメニュー陳列をしてあって
食慾というよりも好奇心を激しく刺激してきて楽しかった
家にはたくさんの食材が唸っているので外食していくわけにはいかないが
いつかコロナ後にしっかりとここに食べに来ようと決める
高級中華屋でなどなく市井の中華屋に過ぎないのだが
それでいてやけに美味そうな雰囲気が店から洩れてくるのがいい
動物性オイルは一切使わず高級植物性オイルのみで云々と但し書きもあり
なかなかやる気満々なのも市井の中華屋としては嬉しい
大妻通り沿いにあるからコロナ後には国立劇場で見た後にでも
ちょいと寄って食べていくのには好都合かもしれない




2020年4月25日土曜日

新しいものはこういうものなのかと

 

ともあれ
日の出はいつも素晴らしいもので
東の地平線あたりがよく見える時には
見つめてしまったりする
日の出頃の陽光は水のようで
なめらかで
新しいものはこういうものなのかと
いつも
学び直させられる





5月の連休



5月の連休なんて
むかしはあんまりなくって
3日と5日ぐらいだった気がするのだけれど
記憶ちがいしてるかな?

4月29日の昭和天皇誕生日も休日だったかもしれないけれど
5月3日までは
あいだが空いていなかったっけかな?

4月29日から5月5日まで休みにする会社も
あるにはあったかもしれないけれど
それって
けっこう恵まれた会社だけじゃなかったかな?

一週間ほど休みにするようになった時には
なんだか時代も変わってきたな
と思ったようだったけどな

それよか
水曜日あたりを
毎週休みにしてくれたほうが
全国民
よっぽどやる気が出て
いいのにな
なんて
思ったり
まわりの人としゃべったり
したようだったけどな





プロスペール・メリメふうに

 

つい今しがたのこと-

合理主義と形而上学と自然科学の関連ののちに
いかに政治的合理主義が発生するに至ったかを考えるよすがとして
本の山のひとつ所から十数冊を引き出してきたが
そのいちばん上に
歴史教科書として半世紀ほどフランスで用いられた
伝説的なマレ+イザック著の歴史教科書の一部
「諸革命1789-1848」が偶然載ることになった*
この本は今回は必要ではなかったのだが
他の本に紛れて机に積み上げられてしまうことになったのである
リセの教科書とはいえ
明快にして興味尽きない簡潔な記述の並べぐあいと
ある種の雄渾さがどの頁からも滲み
フランス革命以降の動乱史を思い出す際には
まず手に取っておきたくなる名著である

さて
ここで語りたいのはこの本のこうした内容についてではない

この本の表紙に
馬に乗ったナポレオンのブロンズ像の写真が載っている
白地にブロンズの像がシンプルに印刷されているだけで
これといった面白みもなければ
特別なところもない

当面の用事が終わって立ち上がり
ふとこの本の表紙に目をやった時だった
写真のナポレオン像が動いたのである
ブロンズ像の馬がしばらくのあいだ前後に足踏みするように動き続け
やがて止まった

ただそれだけのことで
もちろん目の錯覚か
疲れたゆえのこちらの眼球の揺れによるものか
そんなことだろうと思いはするものの
記憶に残っている映像を思い出しながら確かめ直してみても
やはり
動いていたものは動いていた
といわざるを得ないように思われた

たいしたことではないのだが
ナポレオンを乗せているブロンズ像の馬は
さっき確かに前後に足踏みして動いていたのである

これをわざわざ記しておく気になったのは
その後に起こった
これもどうでもよい部類に属することによっている
右の二の腕を後ろから軽く掴まれたのである
後ろには書棚があるばかりで
もちろん椅子と書棚のあいだは少し空いているが
人が入ってくるほどの余地はない
そもそも誰も室内にはいない

ただこれだけの
どうでもよいことであるが
起こったことは起こったことである
もちろん
私の意識に起こったことであって
本の表紙上や
椅子と書棚のあいだに物理的に発生したものだとは断言できない

物理的に起こったと断言はできないのに
物理的に起こったかのように認識したことを
どのように扱ったらいいであろうか



 
*Albert Malet+Jules Isaac Les Révolutions 1789-1848
 (Librairie Arthème FayardPluriel,2010. Librairie Hachette,1958) 




2020年4月24日金曜日

鯉のぼりたちの季も




まだ藤の花を見足りないのだが
躑躅だって
まだまだまだ
飽きるほど
見呆けてはいない

そうして!

もう牡丹の季も
近づいているではないか!
芍薬の季も!

どこかの男の子を
ほんのちょっとでも
大物にしようと空を泳ぐ
鯉のぼりたちの季も!










ふふふ むふふふ


  
三好達治の第三詩集『閒花集』に

    虻
詩を書いて世に示す
しかも私は 世評など聞きたくない
この我儘を許し給へ 私は虻のやうに
羽音を残して飛んでいく

とある

(ふふふ
(むふふふ

独特の音とリズムのひと
三好達治は
こんなものを書くときもじつは

shiを書いて世にshiめす
shiかもわたshiは 世評など聞きたくない
この我儘を許shi給へ わたshiは虻のやうに
羽音を残shiて飛んでいく

と
shi音の遊楽を
忘れない

(ふふふ
(むふふふ

話はちょっとかわるが
『閒花集』は
四行詩集で
これを挟む『南窗集』『閒花集』『山果集』みな
四行詩集である

彼の好んだフランシス・ジャムの詩形に
学んだところが多い
と
本人が言っている

これについて阪本越郎は
達治は昭和五年ごろからフランシス・ジャムの四行詩を諸雑誌に訳出して、その骨法を会得しようとしたようである。それまで試みてきた自由詩や散文詩の後に、わざわざ四行詩という規格にはまった詩を作るには、なんらかの内的必然性があったはずである。
と書いている

日本の自由詩において
四行詩で行こうというのは
非常な慧眼であろう
とわたしは深く共感するところがある
五行
六行
七行
でもよいだろうか
とにかく
十行
程度までというのが
真に詩らしい詩に
現代日本語の詩がはじめて成りうるか
どうか
が
懸かっている
そんな気がする

(ふふふ
(むふふふ

そういえば
(めったに思い出さないのだが…
『フランシス・ジャム全詩集』を個人で訳出したのは
わたしの親しかった手塚伸一先生だった
三好達治だけでなく
堀口大学や安東次男や大岡信や田辺保や倉田清らの
訳業も集めた『フランシス・ジャム全集』に
加わってもいた
今では岩波文庫に
先生の訳業
ずいぶん入りましたネ

夏の休みの近づく
うだるような暑さのなか
研究室で
当時
バルザック研究に没頭していた
ランボー狂いでロートレアモン狂いのわたしの
おしゃべり相手をしてくださった
時間など
思い出される
 (めったに思い出さないのだが……

(ふふふ
(むふふふ