おおかた
染井吉野の桜も散ってしまったから
というのではないけれども
さくら花ちらぬ梢に風ふれててる日もかをる志賀のやまごえ*
と
定家の歌を思い出してみると
ちらぬ
という否定を以て
桜の花の
今あるさま
を
意識につよく映し出してくる悪戯っぽさに
ことば遣いの
あゝ なんという若々しさ…
と楽しんでしまう
そうして
“てる日もかをる”
と
来るのだ!
志賀のやまごえ
まで
行ってしまうのだ!
*藤原定家「花月百首」中「花五十首」より。
おおかた
染井吉野の桜も散ってしまったから
というのではないけれども
さくら花ちらぬ梢に風ふれててる日もかをる志賀のやまごえ*
と
定家の歌を思い出してみると
ちらぬ
という否定を以て
桜の花の
今あるさま
を
意識につよく映し出してくる悪戯っぽさに
ことば遣いの
あゝ なんという若々しさ…
と楽しんでしまう
そうして
“てる日もかをる”
と
来るのだ!
志賀のやまごえ
まで
行ってしまうのだ!
*藤原定家「花月百首」中「花五十首」より。
たぶん
高校時代に同級生だった
高木くん
髪の毛がちょっと薄くて
女の子ふうな感じの
すこし長い顔で
華奢で
小さめで
ちょっと猫背だった
昔もいまも
じつは
小説にしか興味のないぼくは
おなじクラスになった高木くんと
―へえ、詩を書いてるんだ!
―へえ、小説を書いているんだ!
とことばをかわしあい
いっしょに雑誌でも作ろう
と決めた
なにせ
ガリ版刷りするのだ
小説なんて
短編だとしても
ガリガリ文字を記していくなんて
いっぱいすぎて面倒くさいから
詩なんて書かないぼくも
そんじゃあ
詩にすっかナ!
と詩にした
ちょうど
ランボーを読んだばかりで
小林秀雄訳と堀口大學訳とを
あれこれ
読みくらべ直したりしていたから
そんじゃあ
『地獄の季節』ふうに
書いたるかナ!
と
書いたった
絵画とか書くこととかでは
生まれつき
やけにマネがうまいので
小林秀雄訳ふうの
ランボーふう
なんざ
オチャノコサイサイだった
そんな借り物文体で
あろうことか!
詩への訣別を歌ってやったのだ!
まだ17歳だったが
ランボーは20歳で詩に訣別したから
ぼくのほうが
ちっとだけ早かったぜ!
といい気持ちだった
高木くんは
「瑞枝」という詩を書いた
春の木の枝先の芽がウンヌンというところへ
関わりを持ちたくても
持てなかった女の子を絡ませた
やけにメメシイ感じの詩で
軟弱とか
文弱ってことばは
こういうヤツのためにあるんだな
などと思ったが
―ふうん
とか
―繊細だね
とか
―やわらかいところを見ているんだね
とか
なんとか言って
褒めているような
誤魔化しているような
それとなく馬鹿にしているような
後年おおいに役立つことになる技術のエグゼルシスを
はじめて
やってみていた
どうみても
立原道造ぶった詩なのだが
道造してるよねえ!
なんて言ったら
傷つけちゃうかもしれないと思って
言わないでおいたものの
ひょっとして
道造してるよねえ!
なんて言ってやったほうが
高校生相手にはよかったかもなア
と思わないでもなかった
こっちだって高校生なのだが
なんだか高木くんは
若者の脆弱さをよく体現していて
ちょっと気を遣わないではおれないような
そんなところがあった
なんせ
華奢で
小さめで
ちょっと猫背で
髪の毛がちょっと薄くて
女の子ふうな感じの
すこし長い顔の
高木くん
だったから
続けてもよかったし
続けられもしたはずだが
おたがい毛色が違うと感じあったためか
雑誌はたった一号で終わり
それ以降
たがいの書き物を見せあったりさえしなくなり
それどころか
連絡もとらなければ
おたがいの消息もたがいに全く気にせず
卒業後もほとんど思い出しさえしなくなったが
詩
といえば
高木くんの
あの「瑞枝」だなア
とは
いまでも
よく思ったりする
髪の毛が
なァ
高校生にして
すでに
ちょっと薄かったからなァ
いまごろは
きっと
剥げちゃってるだろうかなァ
とは
思う
ものの
高木くんは
目が
きれいだった
その後の歳月
何人もの詩人たちに出会ったが
高木くんほど
きれいな目をした詩人に出会ったことは
一度もない
なんであれ
かんであれ
生き生きしている
生きている
活力がある
活気がある
のがいいとされる偏向思想のこの世の中で
悪いけれど
死んでいる
ぼく
お先にね
ひとりでね
肉体を(中古車のように)
維持してるけど
ぼく
死んでいる
お先にね
ひとりでね
死が近い
とか
死にそうだ
とか
そういうのなら
人生を振りかえらなきゃ
とか
わが生涯の真善美を
ちょっとは抽象的にとりまとめなきゃ
とか
なるのかも
しれないけれども
死んでいる
ぼく
お先にね
ひとりでね
だから
人生なんて振りかえらない
真善美ももういらない
真のじぶんも
偽のじぶんも
まぜこぜのままで
いっそう
賑やか
すべては終わって
片付けも
しないで
すべて
ほっぽり出しで
死んでいる
ぼく
お先にね
ひとりでね
この10年
どころか
15年ぐらい
ひょっとしたら
20年ぐらい
世の中とは
まったく
1ミリさえも
響きあえなくなっていたので
昨今のウイルス騒ぎも
ちょっと
風向きがかわった程度にしか
感じられては
いない
かも
しれない
ぼく
ウイルス騒ぎの
はじまる前のほうが
よほど
ニッポンも
セカイも
異常だったよ
なにを
狂騒してるんだよ
と
思わない日は
なかったよ
一日も
たったの
一日も
どの日も
どの年も
ただ
くだらなかったよ
ニッポンも
セカイも
むかしなら旅と呼んで
うれしがった
身と心の移動を
まったく
うれしがらなくなって
幾年?
どこへ行ってみても
あたりまえに
目がものをとらえ
肺が空気を吸い続けることに
なんだか
がっかりしてしまう
どこへ行ってみても
ひとは金儲けばかり考え
ちいさな差異づけに心労し
無数の人体から選び出した一体を
必死に差別化して称揚しあい
むかいあって蕎麦を食べていたりする
心の細胞のひとつひとつが
つぎつぎ脱皮するように
はじけるように旅していた頃の
あの愚かさやおさなさは
戻ってくるだろうか
身と心を焼き捨てればふたたび?
新大阪駅から京都駅へ
むかう
新快速を待ちながら
しずかな大阪のひとたちと
ホームで並ぶ
東京びとの
わたしは
大阪をどう扱っていいか
正直
わからない
なんども行って
大阪なんか知っている
と
思う時もあるが
なんだか
まるでわからない
と
思う時もある
いずれも
思いのなかだけのこと
身に染みてくるほどの
つきあいは
もう
大阪とは
持たないだろう
と
思う
嫌いではない
興味がないのでもない
かりに
好きでも
かりに
興味があっても
どうにもならない
なぜか
これ以上
深く知りあえない
となりクラスの
あの
女の子
みたいな
さらに地図を失って
四方八方
までは見まわさないものの
三方五方ぐらいは
視野におさめてみながら
世界(などと一纏めにできると思い込みやすい…)
という
膚のすぐ表面からはじまる空間が
いよいよ
わからない
わからない
と
認めてしまう
いよいよ
いよいよ
はじめてのホテルで
天気予報だけを知ろうとして
つけてみると
テレビはダイジェスト版の歌番組のようなものを流していて
わたし
あなた
大切
恋しい
この愛を
いまはただ
永遠
などの単語が
しっとり
散りばめられて
時が流れる
季節(とき)が流れる
城砦(おしろ)が見える
無疵なこころが何處にある
ランボーの詩が
小林秀雄の
定訳になる前の
1930年白水社版の訳で
ポップスの単語たちの
むこうに
遠い白壁のように
見えている
はじめの二行は
中原中也がかっぱらって
漢字だけ直して
じぶんのものにしてしまった
いよいよ
わからないよ
世界よ
と
メモしたかったのだが
さらに地図を失って
と
書き出して
しまって
見えている遠い白壁は
いくつもある
やがて
わたしたちは
つめたい闇のなかに沈んでいくのだろう
さようなら、
あまりに短かすぎた
わたしたちの
夏の
激しいひかりよ!
と
これは
ボードレール
永遠よ、虚無よ、過去よ、暗い深淵よ、
飲み込んだ日々をどうしてくれようという、おまえたちなのか?
言ってくれ! あれら至上の恍惚を返してくれるのだと。
おまえたちがわたしたちから奪ったあれらを。
おお! みずうみよ! 押し黙った岩々よ! 洞窟よ! 暗い森よ!
おまえたちのことだけは、時も寛大に扱い、
若返らせさえもするのだから、おお、美しい自然よ、
この夜の、せめては思い出だけでも、守っていっておくれ!
と
これは
ラマルティーヌ