2024年9月3日火曜日

バイデン政権からのMeta(旧Facebook)への圧力


 

 

    そもそも無理のあるプロジェクトに人を放り込んでしまうと、

    人は冷静に行動できない

    加谷珪一 『戦争の値段』

 

 

 

Metaの

というより

Facebookの

最高経営責任者(CEO)マーク・ザッカーバーグは

8月26日

Meta(旧Facebook)が

バイデン政権から圧力を受けていたと告白し

「政府からの圧力は間違っていた。従うべきではなかった」

と遺憾の意を示した

 

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)のさなか

コロナ関連のコンテンツを「検閲」するよう米国政府から「圧力」を受け

わずか1年程度の間に

2000万以上ものコンテンツを削除したという

 

「2021年、ホワイトハウスを含むバイデン政権の高官たちは数カ月にわたり、ユーモアや風刺を含む特定の新型コロナウイルス関連のコンテンツを検閲するよう、当社のチームに繰り返し圧力をかけた」と説明。実際にコンテンツを削除するかどうかの決定はメタの判断だったものの、「政府からの圧力は間違っていた。そして、私たちがもっと強く主張しなかったことを後悔している」

 

このように

ザッカーバーグは

米下院司法委員会に宛てた書簡で告白した

 

このことは

Facebookに

コロナやPCRに関する嘘や

コロナワクチンと呼ばれた猛毒の殺人兵器の危険を載せた人たちには

体験的にはやくから知られていた

Facebookのポリシーに違反するとかなんとか言われ

アカウントの休止や停止をされた

 

なにをいまさらザッカーバーグ

……でしかない

 

ウイルスを致死性のものに作り替えた

Dr.イーヴルことファウチの悪行を暴く大著を書いた

ロバート・ケネディ・ジュニアが

トランプ側について応援にまわった時点で

これまでの悪さを反省したふりをしておこうとのザッカーバーグの心根は

見え見え

もともと大学の女の子品定めシステムとして始まったFacebookが

バイデン政府の言いなりに検閲などするのもお門違いなのだが

おそらく裏では巨額の金が動いたのだろう

そもそもマーク・ザッカーバーグの本名は

ジェイコブ・グリーン・バーグという名で

デイヴィド・ロックフェラーの孫だという噂さえあるユダヤ人なのだから

なんでもありには違いないように見える

Zuckerbergという名が

ドイツ語なら「砂糖の山」である点にも

いろいろ感じさせられる

 

わたしもFacebookからは

いろいろな休止や禁止をされ続けた

もともとSNSの公共性や中立性や自由さをまったく信じていないので

ほかの人たちに比べれば控えめな掲載をしたり

拡散したいような情報をリツイートしただけだったが

あなたのリツイートしたものは間違っている

といった断定口調の注意書きが来て

一ヶ月はFacebookの活動が停止させられます云々という措置が

何度も下された

もともと信じていなかったとはいえ

こういうことが続いた数年間で

Facebookへのわたしの信頼度は地に落ちた

Facebookと連動しているInstagramでも同じことをされた

 

そこで始めたのが

FacebookなどのSNS内で見られる風景写真や花写真を

大量にリツイートしたり

ひとつのSNSからコピーして他のSNSへ大量に載せるという

なんのメッセージ性もないような視覚情報を

とにかくインフレーションさせる戦略だった

フォト関連製品の包装紙に印刷されているような

毒にも薬にもならないような

あっけらかんとした

きれいきれいな

品行方正な善良なるおバカな一市民たちが

まあきれいね

とありがたがるような写真をあえて選び

どんどんと多量にSNSのシステム内にインフレーションさせる

SNSのメッセージ性に対する反措定的闘争であり

あらゆるメッセージや思想や感想や意見などの価値の根本的瓦解を

きれいきれい写真の量で図ろうとしたものだった

 

毒にも薬にもならない

こうしたSNS上の借用写真の横流しにも

しかし

Instagramではいまだに禁止がかかることがあり

どうやら

数の多さに危機感を抱いているらしい気配がある

そのたびに審査要求を出すのだが

回答が来たことはほとんどなく

多少は検討するのか

突然翌日や数日後に禁止が解かれていたりする

そもそもどうでもよいクソ写真を横流ししているだけなので

禁止されてもアカウント停止されても

こちらには痛くも痒くもないので

なんの恐れもなく

ただただ言論統制っぽい措置の数々を

楽しんでいるばかりである

 

ツイッターこと「X」のほうでも検閲はひどかったが

イーロン・マスクの所有物になってから

たしかに無検閲に近い自由さが実現されていて

昨年来は新型コロナワクチンの猛毒性や致死性や

人生破壊性や精子破壊性や卵子破壊性などは

いまではXでのみフルに見ることができる

なにでできているのか

なにが入っているのか

『ディアハンター』のロシアンルーレット遊びがお好きだからか

なぁんにも調べずに

新型コロナワクチンを何度も打った連中は

二年後から本格的な突然死に見舞われることになり

まったく救いはないらしいのだが

わたしが毎日そうしているように

数百から数千の「X」の投稿をつぶさに見て

自分や家族の突然死が近づいているのを

そろそろ意識したほうがいいだろう

ある朝起きてこないというパターンや

仕事中に急に倒れて死に到るのが多いようなので

それほど苦しまないだろうというのが

救いといえば救いか

 

それにしても

YouTubeの場合はいまだにもっと言論統制がひどく

ワクチンという言葉さえ禁句で

YouTuberたちはずいぶん苦労してしゃべっている

YouTubeの責任者たちはいずれ逮捕されて

重罪か死刑にされるだろうけれども

まだまだナチスがヨーロッパやアメリカに居座っている段階では

ナチスの広報機関であるYouTube内部の粛清には

時間がかかるだろう

 



 

 

日刊IWJガイド・非会員版「Metaザッカーバーグ氏がバイデン政権から圧力を受けていたと告白、『政府からの圧力は間違っていた。従うべきではなかった』と表明!」2024.9.2号~No.4317 | What's New お知らせ

 

 

メタCEO、コロナ巡る投稿でバイデン政権からの「圧力」明かす - Bloomberg






だからぼくは

 

 

 

ショスタコーヴィチの言葉が

SNSで流れてきた

 

だいたい

こんなことを言っている

 

「絶望している人間は

まだ

なにかを信じているのだ」

 

なるほど

なにかを信じていなければ

絶望などできない

 

そうか

 

だからぼくは

絶望しないわけだ

 

とりわけ

世の中とか

人間とか

には






ぼくの花壇

 

 

 

そう

スーパーの花売り場の棚は

ぼくの花壇

 

八月の終わりから

コスモスの鉢が並べられ

10鉢以上も

並んでいたことさえあった

 

いまの住まいの周囲も

花や植物に欠けているわけではないが

まだコスモスは

群れて咲いていたりはしない

 

スーパーの花売り場の棚は

ちょっとはやめの

季節先どりの花壇

 

野に街に

コスモスが群れ咲くまえに

花ざかりのコスモスを

もう見てしまえる

 

10鉢以上もあったのに

だんだんと売れて

昨日なんかもう3鉢しか

残っていなかった

 

野に街に

コスモスが群れ咲く頃には

もう一鉢も

残っていないはず

そうして

次の季節の花の

花ざかりを見せてくれるはず






2024年9月2日月曜日

にぎわう都市のこの正体を

 

 

 

見あげる空は 酸っぱい雨が

人間はあふれて 逃げ場もないさ

銃声のする ニュースを消して

見てくれの恋 身を埋めても

一夜で冷める 体の方が

みじめな傷を 感じるだろう
あやうく生きる 俺たちがいて
            
吉田拓郎 『この国JAPAN』

 

 

 

 

長い雨や湿り気は人間を腐らせる

少なくとも萎えさせる

 

ましてや

社会のすみずみに

ミクロに

あるいは十分マクロに

嘘や不正や

怠惰や

不公平が蔓延り

政府ときたら

何十年も

売国的な党派や

その裏で糸を引くカルト宗教や

さらにその裏で

ピラトを操ったローマのような拝金帝国が

みごとに正確に動いて

この列島から富を収奪し続け

かわりに

というか同時に

少しでも悪いものを食わせ

資源を破壊しようとし

出生率を低下させるとともに

死亡率を上げ

世界観を形成するための情報としては

拝金帝国経由の

歪みに歪んだものしか流布させないように

繊細かつ周到に仕組まれている

よにも稀なほど完成された人工環境にあっては

 

それでも

数十年だけ生きればいい

という人生枠を持つという前提でならば

人はまだ

希望や夢や期待のようなものを

持てるのだろうか?

子どもや孫は

じぶんたちの世代以上に多量の添加物やホルモン剤や

開発進化のやまないMRNAワクチンを打たれて

成長とともに確実に精子や卵巣は破壊されるばかりか

血管中にひそかに増殖する血栓によって

ふいの脳梗塞や心筋炎や臓器不全に襲われて

突然死を遂げる運命を負わされても?

 

そろそろ

しっかりと独立しなくてはいけない

精神的にも経済的にも軍事的にも

と威勢のよいことを言う人たちも少なくなく

街角で拡声器越しにしゃべったり

ハイド・パークのスピーカーズ・コーナーよろしく

YouTubeをあれやこれやの演説で溢れさせるものの

わたしの目にはなにを今さらで

政界ばかりか司法から検察からマスコミの細部まで

CIAの犬たちによって占められ尽くし

スノーデンの語ったところでは

原発も含めたあらゆる発電所や給水所や貯水池や

大病院や政府機関や行政の津々浦々にまで

破壊装置を設置されてしまっているばかりか

自衛隊が拝金帝国から買わされた大型兵器の数々には

拝金帝国軍だけが解錠できるカギが付けられていて

自分勝手に使用などできない状況下にある以上

万が一の拝金帝国の破産や崩壊がないかぎり

この列島に独立の機が訪れることなど断じてあり得ない

とあまりに明白に確実に見えてしまう

 

となれば

間接的ながらも望むべきは

拝金帝国ファースト主義を瓦解してくれる

表面的リベラル夢想大衆が勢いを持ってくれて

拝金帝国のこれまでのシステムの根幹を腐敗させてくれることで

これぞまさにジョージ・ソロスが企んできたこと

敵の敵は味方とも友とも言うが

これはまたヒョンなところでお友だちになれそうな!

と驚くばかりの『ハリスの旋風』

https://www.youtube.com/watch?v=XqNFVAdGE-s

 

とはいえ

わたしはと言えば

これからこの列島に起こるのは次のようなことのみと思える

大地震だのその他の大自然災害だの

控えめ志向の従来の日本人型対人関係作法を踏み潰す

自己主張度の高い移民による文化破壊と

電子機器使用だのITだのAIだのの偏重から来る

身体的空間的人間関係の極小化による精神変容と疾患の多発と

これまでの中間層から極限まで税を取り立て

組織員の枠からはみ出せないように囲い込みして

ただ税を生産して数十年して死んでいく経済家畜化

緑濃き深遠なる自然霊たちの山河は

拝金帝国や現代始皇帝帝国に虫食いのように買われ

大地はソーラーパネルで覆われ尽くし

清きミネラル豊富な自然水源も買い尽くされ

いずれは空気さえも権利を買い取られて

誰もが空気税を買わねばならなくなり

打たれたり粉末で吸収させられたりした遺伝子改変ワクチンのせいで

いつのまにか肉体は製薬会社の商品とされて

肉体使用税まで課せられるようになり

そうした肉体に宿る精神ももちろん製薬会社の所有となって

精神税も課せられるに到るだろう

と

 

シナイ山の下でお祭り騒ぎをする民のように

オータニのひと打ちひと走りに陶酔し

次々と若い男の子女の子を電波に乗っけて歌わせたり

踊らせたりおちゃけさせたりファッションさせたり

何十年このかた変わらずに

ビールの宣伝だの自動車の宣伝だの

マンションだの高級住宅だの生命保険だの最後には死亡保険だの

それなら閻魔様に渡す袖の下貯金も作ったらいいのに

とさえ思わされてしまうノーテンキぶり

 

わたしひとりは

吉田拓郎が『落陽』で歌ったように

 

この国ときたら

賭けるものなどないさ

 

などと呟きながら

すべては終わってしまっている

すべてはどうにもならなくなっている

民の夢や希望や計画など

この国の外で

他国や他民族に頼って搾取されつつ雇われ技師としてお仕えする時以外

実現しようもない漂泊状態にすでにあって

それも格別の能力のある人間にのみ許されたことで

たいていの多くの民には

エゼキエル書が説いたようなことしか起こらないだろう

と思える

 

主なる神はこう言われる

災いに続く災いが来る

終わりが来る 終わりが来る

終わりの時がおまえのために熟す

今や見よ その時が来る

この地に住む者よ おまえの順番が来た

時は来た その日は近い

それは大混乱の日で 山々には喜びの声が絶える

今や わたしはお前に向かって憤りを注ぎ

お前に対して わが怒りを注ぎ尽くす

わたしは お前の行いに従って裁き

忌まわしいすべてのことをお前に報いる

わたしは慈しみの目を注がず

憐れみをかけることもしない

お前の行いに応じてわたしは報いる

お前の忌まわしいことはお前の中にとどまる

そのとき お前は知るようになる

わたしが お前たちを打つ主であることを

 

(エゼキエル書 7.5-9)

 

 

そういえば

さっき一節を思い出してみた

吉田拓郎も

エゼキエルに負けてなどいなかった

『この国JAPAN』など

どうだ

悲愴で悲劇的で絶望の極み的ながら

軽く

どこまでも

いつも

浮薄なJAPANを

なんとよく

捉えていること

https://www.youtube.com/watch?v=nRaBUMOcgsU

 

 

にぎわう都市の この正体を

アダムとイヴよ 知っているのか

 

酔いどれ倒れ アスファルトの床
耳をつければ 聴こえてくるさ

高圧線の大動脈と 通信回路の静脈の音

科学の糸に あやつりつられ
悪魔の斧に 震えて眠る

あやうく生きる 俺たちがいて

この国はJAPAN
瞳の中のJAPAN

それでも 笑う者たちがいて
この国はJAPAN

風にあずけても 星が流れても
風にあずけても 星が流れても

何をむさぼり いくら着飾り

アダムとイヴよ 満たされるのか

見あげる空は 酸っぱい雨が
人間はあふれて 逃げ場もないさ

銃声のする ニュースを消して

見てくれの恋 身を埋めても

一夜で冷める 体の方が

みじめな傷を 感じるだろう
あやうく生きる 俺たちがいて

この国はJAPAN
瞳の中のJAPAN

それでも 笑う者たちがいて
この国はJAPAN

夢が途切れても 季節無くしても

ゆうべ倒れても 明日目覚めても

風にあずけても 星が流れても
風にあずけても 星が流れても

 

 

もっとも

わたしとしては

吉田拓郎のように『この国JAPAN』などと歌う必要は

もうまったくないと思っている

彼が歌った頃は

まだ心のどこかに

JAPANはあるし終わっていないし

これから良くなりもするだろう

などとお花畑していたのではないかと思うが

今となっては

そんなお花畑もモンサントされ切って

次の年には発芽しない種よろしく

だれの心もつかのま発芽するだけの脆弱な芽でしかなく

どこのホームセンターでも買えて

大樹も根こそぎ枯らす枯葉剤さながらの陰湿な猛毒に

政府や組織や慣習や固定観念ばかりでなく

ひとりひとりの国民が成り切ってしまっていて

懐かしのサルトル『出口なし』ではないが

四方八方のどっちにももはや逃げ道はなく万事休す

鶴屋南北にでも復活してもらって

大悪党でも劇の最後で生きたまま逃がす手口を甦らせて

とりあえず今日はこれきり

などと叫ばせでもするほかない

 

 

ほんとに

ほんとに

もうこれっぽっちも

「この国JAPAN」には寄り添えないし

慰めてもやれないし

どこにも共感できないし

同じように喜怒哀楽もできないし

大量生産され続けるブンカテキとか呼ばれる玩具のどれも

ぜ~んぜん面白く感じられないし

完全に飽きちゃって

ど~でもいいとしか思えないどころか

シャカシャカ

ザンザカ

あ~うるさい

としか受けとめられない

 

 

たぶん

ルソーが『孤独な散歩者の夢想』で書いたように

こんなふうに呟くのこそ

ふさわしい

 

「私には、もう、地上のすべては終わり。

いいことであれ悪いことであれ、

もう誰もわたしに仕向けてくることはできない。

この世では、もう、私には

希望すべきことも恐れるべきこともない。

あわれな死すべき不幸な者として、

しかし、神のように平然と冷ややかに無感動に、

奈落の底で安んじているのだ」

 

Tout est fini pour moi sur la terre.

On ne peut plus m’y faire ni bien ni mal.

  Il ne me reste plus rien à espérer

ni à craindre en ce monde,

& m’y voilà tranquille au fond de l’abyme,

pauvre mortel infortuné,

mais impassible comme Dieu même.

 

 Jean-Jacques Rousseau

 《Les Rêveries du promeneur solitaire》

 

 

 





ガジュマルの木の鉢

 

 

 

よく行くスーパーマーケットに

ガジュマルの木の鉢が

ひと鉢だけ

また入荷した

 

夏のはじめ

このスーパーマーケットの花売り場に

ひと鉢のガジュマルの木が入って

なんだか気になった

 

YouTubeの心霊番組で

ガジュマルの木に

沖縄の妖怪キジムナーが宿る

と聞いた後だった

 

沖縄で根付いている木ならともかく

鉢のガジュマルを手に入れても

キジムナーの守護は

得られるわけではあるまい

 

そう思って

買ってもしょうがないと判断し

毎日見て過ぎるだけだったが

不思議な親しみをガジュマルには感じた

 

すでに家には植物がいっぱいあるし

いろいろ持っていると

結局戸外の街や森林に植物があるのと

家にあるのとだんだん同じことにもなる

 

そんなふうに考えて

毎日スーパーマーケットに行くたび

花や植木の売り場の前で

しげしげとガジュマルを見て帰っていく

 

そうこうするうち

知りあいからプレゼントで

洒落た鉢に植わったガジュマルが

ふいにプレゼントされてきた

 

なにか観葉植物を贈ってくれるといわれて

なにが来るのかなと想像したが

まさかガジュマルだったりしてね

と冗談に家で話ながら待った

 

そうしたら本当にガジュマルだったので 

そうか こいつが家に入り込んで来るのを

スーパーであらかじめイメージも見せられ

予兆を感じさせられていたわけかとわかった

 

これほどの予兆を与えられた木だから

小さい鉢植えではあるけれど

どうしたって妖怪キジムナーが

この木には宿っているにちがいない

 

この木がやって来てから

廊下で温いようなだれかを感じたり

ちょっと雰囲気を感じるようになったのは

たぶんそのせいなのだろう

 

ガジュマルがやってきてからも

スーパーマーケットのほうのガジュマルは売れず

店に行くたびに通りがかって

挨拶のようなものは続いた

 

おまえはぜんぜん売れないなあ

などと心のなかで言葉をかけていたが

真夏になってから

とある日にふいに姿を消していた

 

おや ようやく買われていったか

それはまあ よかったよかった

と門出を祝ってやるような心持ちになって

ガジュマルのない棚を眺めやった

 

八月も終わろうという日

『台風と呼ばれてはみたけれど』といった感じの

なんちゃって台風の10号君が

長雨を降らしている頃のことである

 

スーパーマーケットの花売り場の棚を

いつものように一瞥すると

おやまあ また新たなガジュマル君ひと鉢

ひょいと置かれて客を待ちはじめてるじゃないの