この数年にわたって人界を騒がせたうちの
ひとつの大元は
6世紀から7世紀にかけて
ドニエプル川流域から移動をはじめたスラブ人にある
スラブ人は
アジア系のブルガール人とともに
黒海北部にブルガリア王国をつくったが
そのうちのチェク族とスロヴァキア族は西方に進み
9世紀後半にモラヴィア王国をつくった
モラヴィア王国は
9世紀末にハンガリー王国を建てたマジャール人に滅ぼされたが
生き残ったチェク族はボヘミア(ベーメン)王国をつくり
やがて神聖ローマ帝国の支配下に入った
おなじくスラブ系のポラニエ族は
10世紀にポーランド王国をつくった
北方進出をした東スラブ族は
9世紀に
現在のロシア西部に
ノヴゴロド公国とキエフ公国を建てたが
9世紀末になると
キエフ公国による統一が行われた
しかし13世紀にはモンゴル人によって滅ぼされた
モンゴル帝国の一部キプチャク・ハン国に支配されることになった
15世紀になって勢力をひろげたモスクワ公国が
1480年になって
イワン3世の下にモンゴル人の支配を破って
東スラブ族の独立が回復された
イワン3世の時に大領主たちによる貴族会議も作られたが
中央集権的性格が西ヨーロッパよりも強く
イワン3世は「ツアーリ(皇帝)」と称することになった
孫のイワン4世は大貴族たちを弾圧したので
「雷帝」と呼ばれて恐れられることになる
東スラブ族の
ノヴゴロド公国とキエフ公国の争いに
ポラニエ族が絡まってくるような騒動に
極東の列島までもが金を払わされるのは
ただただアホらしい
下手をすればチェク族やスロヴァキア族や
マジャール人あたりも絡まってくるばかりか
ゲルマン人の諸族どもや
アングロ・サクソン人どもまで絡まってきたとしても
極東の列島民は
そもそも
遠巻きに見ておけばいい話でしかない
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