これももう
今では古い本になってしまったが
1992年に河出書房新社から出版された
『〔同時代〕としての女性短歌』のなかの対談
「“女性短歌”を貫流するもの」のなかで
瀬戸内寂聴と馬場あき子がこんな話をしている
瀬戸内 短歌をやっている人は時々、「もう、やめる」
馬場 ええ。
瀬戸内 道元禅師が、坊さんは文学などしてはいけない、
馬場 慈円も、言いわけに「自分の癖だ」と言って、つくっていますね。
瀬戸内 あの人たちは、“歌なんかはやめなければいけない”なんて、
馬場 遊びだったんじゃないですか。
瀬戸内 なるほど。
馬場 私はお坊さんの歌にとても興味をもつのですけれども、
瀬戸内 漢詩はいいんですか?
馬場 やはりいけないんじゃないですか。
瀬戸内 いけないでしょうね。でも五山の坊さんなんか、
馬場 そうなんです。特別な詩をつくっていますね。ところが、
瀬戸内 私は西行を書いたんですけれども、西行は「歌は真言だ」
馬場 そうなんです。真言なんです。あの頃のお坊さんにとっては、
論考と違って
文学者どうしの間のおしゃべりに過ぎない
といえば言えるが
肩肘張らずに
気ままに語り出されているために
いろいろな意見が出てきて
とても面白い対談になっており
ここに引いた以外の話にも
興味深いものが多い
「歌は真言だ」というのは
思いつきそうでうまく思いつけないことの多い
というか
気づいてはいるものの
思い出せないでいることの多い
直観的な真実で
こんな対談のなかに
ヒョッと語り出されてあるのは貴重といえる
短歌は一首一首が辞世であり
最期の一首である
とは
よく思うのだが
歌を「真言」と見なすのも
同じことと思える
西行に関連しては
このような話も出てきている
瀬戸内 やはり、歌は枯れちゃだめでしょう。
馬場 最後まで艶(えん)がなければいけないわけですよ。
瀬戸内 艶ですね。西行がそうでしょう。
馬場 美しいものにほのかな憧れがあって、艶でした。
瀬戸内 西行が本当に歌に命をかけて死んだということは、
馬場 納得できますね。
瀬戸内 私は西行を書いて、それでやっとわかったんですが、
馬場 あの方も奔放な女性ですからね。
瀬戸内 奔放な人なんですよね。だから西行の「花」とか「月」
馬場 もちろんそうです。
瀬戸内 だから、あれはみんな恋の歌なんですね。
馬場 「花」がことに恋の歌で、
瀬戸内 そういうところが、何とも言えずいいですね。
西行の「花」とか「月」とかが
すべて恋人を表わすものであり
それらのむこうに待賢門院がいる
とまでは決められないと思うし
純粋に「花」や「月」を愛したとも思うが
女性文学者ふたりの
どこまでも恋を見続けたいという
心の動きはおもしろい
大平洋戦争の時の世相に対して
馬場あき子が
戦後に作ったのではあるが
このように歌っていたのが思い出される
男らは君が代に行つてしまひたり大倭(やまと)の恋もいよよ滅び
ともあれ
短歌や和歌の命が艶にかかっている
というのは確かで
これは再三思い出し直すべき
真理
というか
覚悟
というべきものであろう
さらに言えば
言葉というもの自体が
艶なのでもある
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