2026年7月18日土曜日

「次はハワイ、ハワイでございます。」


 

 

郊外電車が動きはじめ

ボックス席でひとり

外をゆっくり流れ出すホームを

見ている

 

男の子が

―といっても

もう中高生ぐらいに見える子が

手のひらを列車にむけて

小さめだが

振り続けていた

 

なにをしているのだろう?

とはじめ思ったが

走り出していく電車に

わかれの気持ちでか

手を振っているとわかった

 

電車が好きな子なのか?

目の前の電車が走り出すと

手を振りたくなってしまうのだろうか?

 

もう昔むかしのことになるが

学生だった頃

住んでいた場所の最寄り駅を通る電車に

知恵遅れの子がよく現われて

電車のなかを歩きまわり

むこうの車両に行ったかと思うと

また戻ってきて

今度はべつの車両へ行ったりし

そうして

また戻ってきたりしていた

 

けっこうはっきりした声で

「次はハワイ、ハワイでございます。

お降りのかたは

お忘れ物のないように

お気をつけください」

と車内に

告げて歩きまわるのだ

 

ちょっとおかしいのはすぐにわかるが

こんなアナウンスをして

電車内を行き来するだけなので

乗客たちは特に気にも留めず

好きなように歩きまわらせていた

 

本人はけっこう真剣にアナウンスしている

見ているとこっけいで

子どもや小中学生の女の子などは

ちょっと笑ったりしていたが

もちろん哀れさも誘う光景ではあった

 

この子が乗っており

ほかの乗客たちも乗っている電車が

ハワイになど

もちろん行くわけがない

ハワイになど

着けるわけがない

 

だが

こんなことを思ったり

乗りあわせている誰かに

仮に口にしたりしたとすれば

なにか途方もなく

不粋なことのように思えたし

さらには

間違ったことのようにさえ

思えた

 

むしろ

この知恵遅れの子が言っているように

「次はハワイ、ハワイでございます。」

と思ったり

つぶやいたりするほうが

よほど

ふさわしいことのように思えた

 

昔むかしの

この知恵遅れの子のことを思い出して

いま

確認できる気がするのは

わたしにとってのコミュニケーションとは

むしろ

このようなことだ

という

こと

 

「次はハワイ、ハワイでございます。

お降りのかたは

お忘れ物のないように

お気をつけください」

という

知恵遅れの子のアナウンスを

このまま

いつまでも

あらしめておくこと

 

そして

この響きを

耳から入って来るにまかせ

唱和したりさえ

すること




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