2026年5月13日水曜日

パーセル逍遙

 


 

LINEで繋がっているピアニストに

YouTube

濱田あやの『ゴールドベルク変奏曲』演奏を送り

https://www.youtube.com/watch?v=xIc33Ulexao&t=559s

ジャン・ロンドーJean Rondeauの演奏も送り

https://www.youtube.com/watch?v=1AtOPiG5jyk

https://www.youtube.com/watch?v=OVdtmPoXX3c&t=325s

ついでに

ティボー・ガルシアThibaut Garcia

アントワーヌ・モリニエールAntoine Morinière

ギターによる演奏も送ってみたら

https://www.youtube.com/watch?v=mxqNzYPBn6s&t=1161s

おかえしに

ベアトリーチェ・ラナBeatrice Rana

『ゴールドベルク変奏曲』演奏を

送ってきてくれた

https://www.youtube.com/watch?v=taXra5Qrg4E

https://www.youtube.com/watch?v=2H6BwVpvNFw

 

ちょっと

驚きだった

 

ベアトリーチェ・ラナは

昨今

ぼくも注目しているピアニストだったから

 

バッハのチェンバロ協奏曲が大好きで

1990年代に熱中して以来

さまざまな演奏を集めてきていて

今でも新しい演奏を探して聴き続けているが

そんななかで

ベアトリーチェ・ラナの演奏は

バッハのチェンバロ協奏曲好きにとって

勘どころを心得た演奏をしていて

おやおやおや!

これはちょっと他のピアニストとは違うぞ

と気づいていたから

https://www.youtube.com/watch?v=dOsMjIOSqH4

 

好きな演奏家を

こうして

音楽のわかる誰かと共有できるのは

うれしい

 

しかも

このLINE繋がりのピアニストは

若い時にメシアンMessiaenに呼ばれて

パリのコンセルヴァトワールに留学した人なので

玄人中の玄人なのだ

 

この頃気に入ってる

アレクサンダー・マロフェーエフAlexander Malofeev

https://www.youtube.com/watch?v=uc3AkWPDGpg

ポリーナ・オセティンスカヤPolina Osetinskayaの演奏も

https://www.youtube.com/watch?v=KiUy5WBHRK4

 

https://www.youtube.com/watch?v=IwsTSkGHdoI&t=17s

 

さらに

おかえしに

もうひとつ

ヴァディム・コロデンコVadym kholodenko

粒立ったパーセルのGround in c minor

送っておいた

https://www.youtube.com/watch?v=2IP8Nvi_p8c

 

パーセルは大好きだが

36歳で病死した

バロック期のこの大作曲家の曲を聴いていると

彼の早すぎる死のことがちらついて

不必要なまでに

悲愴さを曲の背後に聴き取ってしまおうとしがちになるし

深いところで

どこか

意識が乱されるような感じがしてしまう

 

そんな

悲愴さと乱れを保ちつつ

Ground in c minorを聴く時には

ヴァディム・コロデンコの美しい名人芸よりも

アレクサンダー・マロフェーエフの

まだ若いというのに

衰亡と枯淡を指先から香らせはじめている演奏や

https://www.youtube.com/watch?v=uc3AkWPDGpg

ポリーナ・オセティンスカヤの

どこか朴訥な

即物的な点描的演奏のほうが

ふさわしいような気になる

https://www.youtube.com/watch?v=KiUy5WBHRK4

 

ということとパーセルを結びつけて

思ってしまいがちになるのは

彼が若くして逝ってしまったからだけではなく

キューブリックの『時計仕掛けのオレンジ』で使われた

『メアリー女王のための葬送曲』

Funeral Sentences for the Death of Queen Mary 

の印象の強さもある

https://www.youtube.com/watch?v=AVVpIoeBAO4

 

https://www.youtube.com/watch?v=87w599dyp3g

 

https://www.youtube.com/watch?v=xWRcx9LHBJU

 

https://www.youtube.com/watch?v=5e3izA4EsJk

 

もっとも

パーセルの死については

真偽不確かな

というより

まず外れているであろう伝説として

こんな話もある

 

大変な酒好きだったパーセルが

外で酒を飲んでばかりいて

なかなか家に帰ってこないので

妻が怒って

寒いある夜に

家に入れないようにしてしまった

しかたなく外で夜を明かしたパーセルは

風邪をこじらせて死んでしまった

というものだ

 

この話が

まず

違っているだろうと思われる理由としては

パーセルが閉め出されたらしい日は

ロンドンの天気はよかったという記録があることもあるし

死の数ヶ月前から病気だったということもわかっており

さらには

死の直前に走り書きした遺書には

全財産を愛する妻に捧げる

と書かれてもいる

ということも

ある

 

死んだのは

16951121日で

埋葬は26日だった

葬儀はウェストミンスター寺院で行われ

パーセルが教会音楽をたくさん作っておいたおかげで

彼自身の音楽で包まれたという

費用はウェストミンスター寺院が出してくれたというのだから

お得だったというか

役得だったというべきか

 

ところで

1900年代になると

パーセルは

急に

日本に親しい存在になってくる

 

パーセルの作品を多く含む楽譜の写本が

1917年(大正6年)に

徳川侯爵に売却され

侯爵家の文庫に

収められたのだった

 

この文庫とは

1901年に当主だった徳川頼倫(よりみち)が

麻布飯倉の自邸敷地内に開設した私設図書館「南葵文庫」で

ここには

代々伝えられてきた古文書・典籍類が収められた

「南葵」は

紀州徳川家のことを意味する

 

日本のものが収められたはずの「南葵文庫」に

ヨーロッパの楽譜が収められることになったのは

長男の徳川頼貞がケンブリッジ大学に留学し

音楽学を修めたことによる

 

頼貞はロンドンで

1917

合唱指揮者・音楽史家のウィリアム・ヘイマン・カミングズの

旧蔵楽譜・古書籍類がオークションに出たのを幸い

巨費を投じて購入した

この中に

ヘンリー・パーセルの歌劇『ダイドーとイニーアス(ディドとアエネアス)』の

現存するものとしてはおそらく最古の筆写譜を含む

1719世紀イギリス音楽の

貴重なマニュスクリプトが数多く含まれていた

 

帰国すると頼貞は

洋風の本格的な音楽ホールを建てて

地下に音楽図書館を併設する壮大な夢を持った

そうして実際に

1918

日本初の洋楽専用の音楽堂と音楽図書館を設立した

 

当時の日本では

演奏会を催せる場所としては

上野の東京音楽学校の奏楽堂があるばかりであり

さらには帝国劇場が

多目的ホールとしてリサイタルに使われるぐらいで

音楽専用のホールはなかった

という

 

頼貞は

手書き楽譜を含む膨大な

かつ貴重な

音楽資料をひろく一般に向けて公開した

 

父の徳川頼倫侯爵から

「徳川たる者

人様から金銭を貰ってはならぬ」

と固く教えられていたので
閲覧料は一切取らなかった

音楽堂で催されるコンサートもすべて無料で

日本近代の音楽文化を進めるのに

多大の寄与をしたことになる

もっとも

世間からは

「湯水の如く散財する道楽好きの殿様」

と馬鹿にされていたらしい

 

希有の貴重な存在であり

試みだった

この南葵音楽堂と音楽図書館は

しかしながら

世界大恐慌による経済危機のなか

徳川侯爵家の衰亡によって

1931

閉館となった

 

その後

父の徳川頼倫侯爵の建てた「南葵文庫」のほうは

熱海の伊豆山に移築され

「ヴィラ・デル・ソル」という名の洋館ホテルとして営業されている

という

 

作曲家ベンジャミン・ブリテンは

1956年に来日し

パーセルの『ダイドー』の古譜面を求めて奔走した

という

ブリテンの要請で

1958年から59年にロンドンで催された「パーセル三百年祭」の際

『ダイドー』の古譜面は里帰りを果たした



 

 

 

 

*徳川頼倫と徳川頼貞、「南葵文庫」と南葵音楽堂と音楽図書館については、沼辺信一氏のブログ「私たちは20世紀に生まれた」から、面白く貴重な文章の内容を全面的に使用させていただいた。

https://numabe.exblog.jp/7886455/

 

 

 


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