2026年6月9日火曜日

夏は来ぬ


 

 

いろいろな花が

つぎつぎと咲いていく初夏は

あの花

この花

きょうはあそこ

あしたはここ

花々を追うだけでも

いそがしい

 

この時期に

忘れないようにと

聴き直しておくべき歌も

いっぱいあって

佐佐木信綱が作詞した『夏は来ぬ』も

そのうちの代表格だろう

 

誰もが知る唱歌だが

古語から現代語への過渡期の

日本語の粋を極めた

高雅な歌詞となっていて

いまの時代からふり返れば

これこそが

日本語の故郷であるかのような

望ましき原風景であるような

みごとな詩境となっている

 

卯の花の 匂う垣根に 
ホトトギス 早も来鳴きて 
忍び音もらす 
夏は来ぬ

 

五月雨(さみだれ)の そそぐ山田に
早乙女が 裳裾(もすそ)ぬらして
玉苗(たまなえ)植うる 
夏は来ぬ

 

橘(タチバナ)の 
薫る軒端(のきば)の
窓近く 蛍飛びかい
おこたり諌(いさ)むる 
夏は来ぬ

 

楝(おうち)ちる 

川べの宿の 門(かど)遠く 

水鶏(クイナ)声して

夕月すずしき 

夏は来ぬ

 

五月(さつき)やみ 蛍飛びかい
水鶏(クイナ)鳴き 卯の花咲きて
早苗(さなえ)植えわたす 
夏は来ぬ

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=qa6PvmbLyq0&list=RDqa6PvmbLyq0&start_radio=1

https://www.youtube.com/watch?v=2ExZlXbfoKM&list=RD2ExZlXbfoKM&start_radio=1

https://www.youtube.com/watch?v=UZQFbSaWzzg&list=RDUZQFbSaWzzg&start_radio=1

 

 

初夏の物の名を効果的に散らし

おのずと風景が浮かび上がるように歌い進め

理想の初夏の風土感を醸し出す技は

圧倒的といえるが

あくまで自然でやわらかく優しく

そうして爽やかである

 

万葉集や新古今和歌集の研究者にして

明治期の短歌隆盛の運動の軸のひとりであり

18歳にしてはやくも父と『日本歌学全書』全12册を刊行し

24歳にして森鴎外の「めざまし草」に歌を発表

落合直文や与謝野鉄幹らと新詩会を興し

短歌結社竹柏会を主宰して歌誌「心の花」を発行し

帝国学士院会員や帝国芸術院会員となり

御歌所寄人として歌会始撰者でもあり

文化勲章も受賞した大文学者ならではの

余技といっては語弊があるかもしれないが

日本の唱歌の世界に残されることになった至宝といえるだろう

 

大歌人であることも

忘れようもないはずなのに

あらゆる文物があまりに多くなりすぎて

意識や情報や知識の

忙し過ぎるようになってしまった

現代にあっては

ともすれば

佐佐木信綱の短歌を

しっかり

ふり返り直すのも

なおざりにされがちに

なってしまう

 

ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲

 

幼きは幼きどちのものがたり葡萄のかげに月かたぶきぬ

 

などといった

教科書に載せるのに欠かせない名歌は

もちろんのことだが

『夏は来ぬ』の語彙えらびや

風景えらびに

近い歌の数々は

これら

ということに

なろうか

 

みづうみにむかへる窓の薄あかりしらじらと夏の夜はあけにけり

 

やまぶきの花にふる雨細くしてこれの世を楽しとおもふ一とき

 

たでの花ゆふべの風にゆられをり人の憂は人のものなる

 

坂道の木がくれ道の木間もり夕日色こきいてふの落葉

 

春ここに生るる朝の日をうけて山河草木みな光あり

 

音、光、心、相照り月と人と滝とただにある夜の深山に

 

くろみたぎつ荒磯くろしほ直下に見、潮の岬の秋風に立つ

 

門いづれば紫川のおと近み澄み浄き朝のわが心かも

 

山の色微かに明けて朝鳥の声おこる、谷のあなたこなたに

 

夕日しづみ木々の光り葉光消えて山静かにも暮れむとすなり

 

ゆふべとみに風ふきおこり(むか)()の杉の()()を雨もや走る

 

わた中のかかる島にも人すみて家もありけり墓もありけり

 

みづうみを越えてにほへる虹の輪の中を舟ゆく君が舟ゆく

 

秋の夜をふと眼さむれば明らかに洋燈の点いて居るが嬉しき

 

ますぐなる電車の道のまむかひにぽっかり赤き月のぼりたり

 

もちろん

稀代の万葉集学者であったから

万葉集や奈良や明日香に関わる歌に

忘れがたいものも多い

 

我が行くは憶良の家にあらじかとふと思ひけり春日の月夜

 

世は人はうつりいゆけど常春に霞める塔よ何を夢見る

 

靄ごもる布留の川添とめゆかば昔少女にけだし逢はむかも

 

ぬばたまのやみの野路ゆき山路ゆきまぼろし人を追ひ労れたり

 

ちらばれる耳成山や香具山や菜の花黄なる春の大和に

 

秋さむき唐招提寺鵄尾の上に夕日うすれて山鳩の鳴く

 

大門のいしづゑ苔にうづもれて七堂伽藍ただ秋の風

 

山高きみ寺のうちにあるほどは我もしばしの仏なりけり

 

春の日や絡繹としてやちまたを人行く、われは夢の野を行く

 

わが舎人松明の火を明うせよゆめの少女の行方もとめよ

 

からうじてわがものとなりし古き書も表紙つくろふ秋の夜のひえ

 

吾はもや此のうた巻を初に見つ千とせに近く人知らざりし

 

万葉の道は一道生のきはみ踏みもてゆかむこころつつしみ

 

とりわけ

二十巻しかないはずの万葉集の二十五巻目を見出した

という夢を見て

胸のとどろきが止まないという

万葉集学者ならばこその

ときめきを歌った

 

万葉集巻二十五を見いでたる夢さめて胸のとどろきやまず

 

などは

いま読んでもスリリングである

 

次のような埴輪の歌も

万葉集への傾倒の一環として

生まれてきたものだっただろう

 

人の世の千年は長き年月を埴輪の少女(をとめ)笑みつつあるかも

少女なれば諸頬(もろほ)につけし紅のいろも額の櫛も可愛しき埴輪

 

上つ代のわざをぎ人かおどけたる顔かたちせり裸形の埴輪

 

むかひをれば埴輪の面の親しもよそがうつろなる眼の親しもよ

 

他方で

学者としての仕事や歌人としての仕事に

日々

精魂を注いで

その合間合間の疲れや

ふと感じるむなしさを歌ったものにも

佳品が多い

 

仕事終へ今はも安きうつそみの身をよこたへて心さびしも

 

わが世に又あひがたき今日の日の一日も暮れぬ筆をおきて思ふ

 

夜に入れば秋らしき冷校正のインク薄きにわが目しぶるも

 

ひと巻の書かきをへつ夕庭の木蘭の花にしづかに対ふ

 

わが心くもらひ暗し海は山は昨日のままの海山なるを

 

歌おもひ日毎よりましし文机にわれはた倚りてここら年経ぬ

 

いつまでか此のたそがれの鐘はひびく物皆うつりくだかるる世に

 

道の上に残らむ跡はありもあらずもわれ虔みてわが道ゆかむ

 

もちろん

「心の花」の主催者として

作歌に対しては

ずいぶんと純真な

澄んだ夢を抱いてもいて

それを扱った歌にも

やさしさが溢れていた

 

願はくばわれ春風に身をなして憂ある人の門をとはばや

   声ひくしひくくしあれど真心のこゑ天地にとほらざらめや

(あめ)にいますわが父のみはきこしめさむ我がうたふ歌調ひくくとも

 

おだやかな歌を歌う人でありながら

 

蘭の花のかをりめでたしすがすがしきよき人()べきよき夕べなり

 

こんな音の遊びも

すらっとできる人でもあった

 

友をつぎつぎ失って

老境に入っていく頃には

さすがに

孤絶の思いも

強まっていくようだった

 

渓の秋は夕日つめたし天地にただ一つなるわが影を見る

 

人いづら吾がかげ一つのこりをりこの山峡の秋かぜの家

 

呼べど呼べど遠山彦のかそかなる声はこたへて人かへりこず

 

この秋や暮れゆく秋の寂しさの身にしみじみとしみとほるかも

 

まさやかに見えつつもとな夢人の影追ひ()くとよろぼひあゆむ

 

人いゆき日ゆき月ゆく門庭の山茶花の花もちりつくしたり

 

とはいえ

絶筆

というわけではないものの

穏やかにたどり着いた心境として

この歌などは

ひろく記憶されるべき秀歌

と思われる

 

ありがたし今日の一日もわが命めぐみたまへり天と地と人と




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