2026年6月14日日曜日

ふたつの異質な「我」


 

 

デカルトの『方法序説』の言葉

 

Je pense, donc je suis.*

日本語では

 

我思う、ゆえに我あり。

 

と訳され

生まれ落ちたこの世のありようや

存在のありようを考える

若者たちには

至極かっこいい響きとして捉えられるので

この言葉だけで

なにか解決したかのような思いに

とらわれたりもする

 

もっと現代風に

 

私は考える、だから私はある。

 

と訳してみても

そのあたりの事情はかわらない

 

      *

 

たぶん

訳しかたがよくないのではないか?

この言葉については

よく思う

 

この言葉は

なにひとつ解決していないとともに

解決放棄でもあり

それでいて

決定的な対世界態度表明でもあるが

そんなところは

 

我思う、ゆえに我あり。

 

という訳のかっこよさでは

みな

覆い隠されてしまう

というか

デカルト自身の書いた

 

Je pense, donc je suis.

 

ちょっと

レトリックが効き過ぎていたのだ

 

      *

 

長ったらしくなるが

 

(私において)思いや考えというものが湧き続け

流れ続けているから

私というものが存在している

ということになる

 

ぐらいに訳したほうが

たぶん

正確だろう

 

彼が記したのは

「私」の存在証明になどぜんぜんなっていなくて

意識のなかに「私は~」という思いが湧き

「私は~」という考えが浮かび続けているので

そのかぎりにおいて

「私」なるものは存在している

ということにしておこう

といった

仮の「私の存在」仮説メモに過ぎない

 

ほかのアプローチでは

どうにもこうにも

「私の存在」証明はできないとわかり

かといって

自分認識っぽいものは

事実上

意識のなかにあり続けているので

この世でいろいろなことを考えていく上で

「私」という思いだけはとにかくある

という事実確認だけはしておこう

というのが

デカルトの言葉である

 

私なるものが存在していると本当に言えるかどうか

わからないけれども

ともかくも

「私」という思いだけはある

ここから

すべてははじめるしかないだろう

 

と訳しても

いいかもしれない

 

      *

 

だから

これは

解決放棄の言葉である

 

同時に

物質的にも

実体的にも

本当にあるかどうかわからない

単なる思いとしての

「私」を

すべてのベースにしよう

という

居直っての

破れかぶれの

賭けに出た

すさまじい言葉

といえる

 

我思う、ゆえに我あり。

 

で使われた

ふたつの「我」は

じつは

意味の異なっている「我」と言える

 

「我思う」の「我」は

存在証明されていない架空された空疎な「我」で

その空疎な「我」のなかで

思いが生起している

 

そういう現象が起こっているがゆえに

「我あり」

なのだというのだが

こちらの後者の「我」は

存在していると認定された「我」であり

前者の「我」とは

質は

異なっている

 

とはいえ

後者の「我」は

内部に思いや考えが充填された「我」だ

とまでは言っていない

 

デカルトは

この点で

言い足りていない

 

ここに

デカルトのレトリックがある

とも言えるし

もし

この点における

ふたつの「我」の違いをはっきり認識しないで

この一文を書いたのなら

彼の誤りがある

とも言える

 

彼が仮に

ふたつの「我」の違いを認識した上で

書いたのならば

 

我思う、ゆえに我あり。

 

異質な「我」を

無理に

強引に

接続した

魔術的な文である

という

ことになり

人間精神に強要された

複合的要素の接続地点としての「我」

ないしは

異質要素の重層化構築物としての「我」

という条件を

暴いた短文

であるとも言える

 

そもそも

「我」のありようが

魔術的だった

という発見が

この短文を記した時

デカルトには

あったのではないか?

 

こちらの見方で考え直せば

デカルトの魔術的思考への視野が開けてくることになって

もちろん

とても面白いことになる

 

この魔術的思考は

もちろん

強度に秘教的な神学的思考である

 

同時代のパスカルが

 

Descartes inutile et incertain *

 

無益で不確実なデカルト

 

と批判した

デカルト的思考が

じつは

それほどパスカルと離れてもいなかった

と考えられそうにもなって

非常に

楽しくなってくる

 

 

 

 

 

* Discours de la méthode

**Pascal, PenséesTexte établi par Léon Brunschvicg, 78




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