2026年8月20日木曜日

岸惠子から『ゴジラ』『ウルトラQ』『快獣ブースカ』へ

 

 

 

女優の岸惠子が94歳で亡くなったそうだが

あまり興味のない人だったので

現代日本語会話で

接客業の女性たちやOL(職業婦人)たちに多用される

「そうだったんですね!」

という受け答えを思わずしてしまいたくなる

 

もちろん

飛び抜けた個性のある女優だったことに間違いはなく

Xユーザーの中田圭さんが思い出させてくれる

こんなCMを見直すと

きれいで明るくてはっきりしていて

好印象な人だったとは思う

 

追悼 岸恵子さん

1983年 資生堂CM ヘアカラー「お久しぶり」

監督・共演:鈴木清順

https://x.com/keinakata/status/2090257505909981582

 

 

多くの映画の中でのさまざまな場面が蘇るが

個人的には日本女性の中の好きではない系の顔立ちだったことが

どうしてもネックになって

「そうだったんですね!」

で済ましてしまいたくなる

 

この点では

映画監督の小林正樹が

どうやら共通の感覚で岸惠子をとらえていたらしく

彼女の顔の特性を生かして映画『怪談』で雪女を演じさせている

Xユーザーの「高峰秀子」さんが

大女優・高峰秀子の言葉を引用してこのあたりのことを書いている

 

「雪女ってイメージからすると、面長ですらりとした美人でしょう?私は雪ダルマなら演れるかもしれないけど、雪女ってタイプじゃありません。怪談じゃなくてマンガになっちゃうよ、小林さん」 小林(正樹)監督はビックリ退散。完成した『怪談』を見たら、雪女はすらり美人の岸惠子さんになっていた。

https://x.com/HidekoTakamine/status/2090031020750024967

 

あの映画の雪女みたいな顔で出られたり

生活の中でまとわりつかれたら嫌だなと思うので

私の岸惠子忌避はけっこう根深い本能的な恐怖から来ているのかも

しれない

 

https://www.youtube.com/watch?v=SkHl2g4ki5E

 

https://www.youtube.com/watch?v=ILei62imsHU

 

 

それにしても

Xユーザーのmoldさんが記していた情報は

映画好きでもうっかり見落としていたりするもので

面白く有益だった

 

岸惠子を一躍有名にした1953年の『君の名は』の

冒頭の東京大空襲のシーンが

なんと怪獣映画の巨匠・円谷英二による特撮だったことだ

 

松竹映画「君の名は」(1953)冒頭の東京大空襲のシーンは、東宝復帰前の円谷英二が特撮を担当した。実際に東京大空襲を経験した人が多かった時代に、このリアルな映像はまさに悪夢を思い出させるものではなかったか。円谷英二はこの翌年、東宝映画「ゴジラ」の特撮を担当することになる。

https://x.com/lautrea/status/2090067044117221480

 

https://www.youtube.com/watch?v=XcqsVqX9Dys

 

『君の名は』の翌年1954年に公開される本多猪志郎の『ゴジラ』は

世界の映画を変革していく記念碑的な映画となったが

ゴジラ出現を伝えるあの特殊技術は円谷英二によるもので

その後日本の少年たちは

ゴジラ系の怪獣映画シリーズの

『ゴジラの逆襲』(1955

『モスラ』(1961)

『モスラ対ゴジラ』(1964)

をはじめとする幾つもの作品や

テレビドラマの

『ウルトラQ』(1966)

「ウルトラマン」(1966)

『ウルトラセブン』(1967)

『快獣ブースカ』(1966)

『怪奇大作戦』(1968)

などあまりに多すぎる作品によって

すっかり洗脳されていくことになった

 

『ゴジラ』

https://www.youtube.com/watch?v=KIBFhpxAcRE

 

『ゴジラの逆襲』

https://www.youtube.com/watch?v=uC0tQK9bJE8

 

『モスラ』

https://www.youtube.com/watch?v=vwvE7drUxAU

 

『モスラ対ゴジラ』

https://www.youtube.com/watch?v=S_DMKmRmdBg

 

『ウルトラQ』

https://www.youtube.com/watch?v=cyR3exmBg-M

 

https://www.youtube.com/watch?v=imD-Rl9lNkw

 

https://www.youtube.com/watch?v=gBt0vrC8ZCY&t=40s

 

https://www.youtube.com/watch?v=Os9RcofWwwc

 

https://www.youtube.com/watch?v=gRFLTV2zZz0

 

『ウルトラマン』

https://www.youtube.com/watch?v=DHQUr5rudUI

 

https://www.youtube.com/watch?v=S0Wa9hYx0Oo

 

『ウルトラセブン』

https://www.youtube.com/watch?v=iCuz2D7br78

 

https://www.youtube.com/watch?v=ilWOznryK8g

 

https://www.youtube.com/watch?v=4o8KuIePBII

 

https://www.youtube.com/watch?v=IVHfPTohZ1Y

 

『快獣ブースカ』

https://www.youtube.com/watch?v=137L2gISSTQ

 

https://www.youtube.com/watch?v=a64H5TRzU9o

 

https://www.youtube.com/watch?v=S-bU9MWtLDM&list=PL7oRqKpiwLsrOn_oUD-yIc2TpV9qzjTCz

 

 

 

忘れないように付言しておくが

今でも国際的に人気ナンバーワンを競う純日本映画である

小津安二郎の『東京物語』も1953年公開で

今からふり返ると

『東京物語』や『ゴジラ』や『君の名は』がもつれ合って

日本映画として示現していた時代が

あの1953年や1954年あたりであったことに

やはり驚いておくべき必要はある

 

『東京物語』

https://www.youtube.com/watch?v=ih7usk8w2NY

 

https://www.youtube.com/watch?v=Kv-lO8aPOK8

 

https://www.youtube.com/watch?v=PQALLTjf3GI

 

https://www.youtube.com/watch?v=hOcA2eV6WCg&t=7527s

 

 

ところで

Xユーザーの神山彰さんが

こんなことを記していた

 

岸恵子というと川島雄三監督に「何故この映画撮るのか」と質し「生活の為に決ってるじゃないですか」と答える川島を軽蔑、以後川島作品に出ず、事情は知らずフランスで監督と結婚、長くパリ在住、晩年「岩波書店」から自伝という立派すぎる「国際派女優」ぶりに最後まで苦手で好感持てず。妄言多謝。

https://x.com/kamiaki1950/status/2090048382861787345

 

ところが

これは神山さんの記憶違いで

他のXユーザーのホッタタカシさんが訂正している

 

>「何故この映画撮るのか」と質し「生活の為に決ってるじゃないですか」と答える川島を軽蔑

 

それは今村昌平です。

岸惠子(当時19歳)は、電車内でこういうしょーもない映画に出されることの悔しさを友人に愚痴ったら、後ろにいたのが川島雄三。腹を立てて二度と岸を起用しなかったのは川島。

https://x.com/t_hotta/status/2090081118414647483

 

ホッタタカシさんは

さらに

こうつけ加えている

 

川島の回想では芸術づいた岸惠子が「ああいう映画に出るのは本当に悔しい」と談話を出したので、「それなら降りた方がいい」と言ってやったことになってますが、『君の名は』以前の作品なので、まだ岸さんがド新人の頃。彼女の証言の方が正しいのでは。川島は酒乱だし女性観も古そうです。

https://x.com/t_hotta/status/2090113437573808261

 

川島雄三は

1952年に『とんかつ大将』を公開し

『新東京行進曲』や『東京マダムと大阪夫人』を1953年に公開して

1956年の『州崎パラダイス赤信号』や

1957年の『幕末太陽傳』に向かいつつあった

 

今村昌平のほうは

1951年に入社した松竹大船撮影所で

小津安二郎の助監督を務めたり

松竹大船助監督部の幹事を務めていたが

まだ自分の映画を撮ることができておらず

仕事にも収入にも不満を感じて

1954年に日活に移籍した

1957年の川島雄三の『幕末太陽傳』の脚本は今村が書き

浦山桐郎の『キューポラのある街』の脚本も手がけた

『盗まれた欲情』でようやく監督としてデビューするのは

1958年のことである

 



0 件のコメント: