2025年5月5日月曜日

毒入り快適

 


 

どんな人も

ある瞬間

なんらかの状況の中に在るほかない

 

王侯貴族であろうと

億万長者であろうと

兆長者や京長者であろうと

ある瞬間

なんらかの状況の中に在るほかないのは

庶民や貧民や戦時下の民とかわらない

 

そうして

ある瞬間の

なんらかの状況というのは

どれほど快適で豪華な建築やインテリアのなかにいるのであれ

つねに快適というわけにはいかない

 

快適というのは

多くの場合

温度や湿度が最適で

筋肉疲労が少ない姿勢でいられ

美味な食べ物やつまみ物が手近にあって

うまい酒やソフトドリンクが

好みのままに得られるような状況であったりするが

それはそれでけっこうなこととはいえ

この状態に長く馴染んでいては

筋肉は衰えていき

糖分やアルコールや多量の添加物によって

胃腸をはじめとする内臓の疲弊が進む

 

毒入り饅頭という言葉が日本語にはあるが

毒入り快適というもので人界は満ちているもので

これに馴染み過ぎてしまっては

健康と寿命をあえて損う方向に進むことになる

健康状態と寿命を維持するためには

快適さをある程度積極的に放棄しないといけないもので

意識的にこれを行おうとすると

飲酒や食事をつとめて簡素にするほかなくなり

また筋肉疲労の少ない姿勢も進んで放棄せねばならず

快適さというものとのつき合い方の管理を

自分の意志で徹底的に行うほかなくなる

 

このように考えると

快適さの追求をなにより重要と見なしている現代社会全体を

とりあえずいったんは

正面から否定せざるを得なくなっていく

 

というより

世間が快適と見なすことを捨てて

長期的に軽く健康に心身を動かしていけるということをこそ

「快適」と呼ぶべきものと定義し直し

日々の食や生活のデザインのし直しや

意識に入れるものや入れないものの検討し直しや

現代世界の大きくの部分を捨て去ることが

どうしても必要になる

 

長い精神と身体の改変を経て

わたしは

毎日の身体鍛錬と知的訓練と霊的修行を行わない者が語るような「快適」を

完全に馬鹿にするに至った

 

あなたは今日何十回プッシュアップをしたの?

スクワットは何十回したの?

腹筋は何十回したの?

そうして本は何十ページ読んだの?

どんな観念や概念を今日は取り込んだの?

それらをこれまで持っていた概念連合にどう結びつけたの?

数学や化学の復習や演習には今日はどのくらい時間を割いたの?

この数週間はラシーヌとモンテーニュのどちらに傾いている?

イギリスの古典小説では今どれに興味がいちばん向いている?

ロベスピエールへの最近のあなたの評価はどんなふう?

ところで大乗仏典のなかでは再読したいのはどれ?

ラシーヌが得意だった古代ギリシア語の復習はちゃんとしている?

……………………

などなどという質問に

すらすらと答えてくれる人たち以外の追求する「快適」には

端から興味は持てない

 






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