夢だったのか……
夢だったことになるのか……
まるで
(さほど温度差のない湯から別の湯に移るように)
現実と呼ぶべきなのであろうこちらの世界に戻ってきて
からだを動かし
布団から身を起こして
そうして
夢
とよぶべきなのであろうこれまで居た世界で聞いた
「息がつまるようだった……」
ということばを思い出していた
その世界でも
まずまずは
平穏に暮らしていた
いっしょに暮らしていたのは
フランス人女性だった
ように
思う
ときどき
彼女は
出張でいなくなるのだった
数日のこともあれば
1週間ほどになることもある
どこに行くのか
いちいち
わたしは聞かなかった
その世界で
わたしは
そういう人だった
ある時
いなくなる時の彼女が
じつは
かなりの危険地域や
普通はひとの行かない地域に
行っていることが
わかった
簡単に言えば
調査
なのだという
しかし
めんどうな計器などは
あまり持って行かないらしい
身ひとつでその場所に行き
しばらく
滞在する
滞在する
といっても
ただ
一個所に立ち尽くしている
だけ
だったり
するらしい
ついこの間は
極地の
まだ誰もひとが入ったことのない地域に
たったひとりで行った
という
「そこで
どうしているの?
立ち尽くしているの?
何日も?」
そう聞くと
うなずいて言った
「そう。
人間は誰もおらず
ほかの生物さえおらず
周囲を見渡しても
雪や氷の白さが広がっているだけで
なにも見えない。
なにも見えないというのは
もちろん
不正確。
だって
白さが無限にかなたまで広がっていて
沈まない太陽があって
太陽のひかりがあって
音のなさがあって……
この風景と環境だけがあること
この風景と環境しかないこと
で
今度ばかりは
息がつまるようだった……」
それでは
ほかの場所では
どうなの?
やっぱり
「息がつまるようだった……」
の?
そう聞いてもいいかな?
そう聞いたほうがいいのかな?
と思ったが
聞かなかった
そのうち
聞いてみるかもしれない
聞いてみないかもしれない
わたしは
そういう人だった
けっこうな報酬をもらっているのだろう
とは想像した
でも
めんどうな計器も持たずに
めったに人が行かないような
危険地帯と呼べるようなところへ
けっこう易々と行って
数日
ずっと立ち尽くしている
という彼女が
家にいる時には
なんということもないように
陽光であかるくなっている畳の上のローテーブルで
緑茶を淹れたりしているのが
なんだか
すごい
と思った
だから
といって
どう
すべきか
態度を変えたり
なにか
もっと特別感を感じて生きるように
すべきなのか
わからない
めったに人が行かないような
危険地帯と呼べるようなところへ
あちこち
行っている彼女でさえ
「息がつまるようだった……」
という
極地の風景を
ちょっと想像してみた
そんな風景のなかで
数日
ただ立ち尽くしてきた彼女と
畳の上にいる
のは
ちょっとすごい
が
わたしとしては
そんな風景とはかかわりなしに
彼女の意識の皮膜一枚で
遮られ続けて
このままで居ればいいのかな?
と
思った
わたしは
そういう人だった
いまの
このわたしが
ではない
まるで
(さほど温度差のない湯から別の湯に移るように)
現実と呼ぶべきなのであろうこちらの世界に戻ってきて
からだを動かし
布団から身を起こして
あちらの世界を
ちょっと思い出し直している
このわたしが
ではない
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