2026年4月30日木曜日

スートラ

 

 

 

小さなことのようだが

発見だった

 

大乗仏教の重要経典ができていった頃の

短い要文の「スートラ」は

韻律を持たず

ただ短い散文であったという

 

『空の論理〈中觀〉』で

梶山雄一が上山春平に語っていた*

 

古い短い文は

ともすれば

みな韻文だったのではないか

と思い込みがちになるが

ナーガールジュナとニヤーヤ学派との論争を収めた

『ニヤーヤ・スートラ』の頃に

すでに韻文でない短文によって

空をめぐる思考が記され

検討され

論争されていたと知るのは

「詩」に傾きそうになる短文のあり方として

重要と思われる

 

韻文でないことによって

「詩」は

思考そのものの超詩となり

非詩となることで

はじめて

真詩への可能性を獲得しうる

 

 



 


*仏教の思想『空の論理〈中觀〉』(梶山雄一+上山春平、角川ソフィア文庫、1997)、第二部「中觀思想の立場」(対談・梶山雄一+上山春平)、p.241




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