2025年12月31日水曜日

花たちへ 

さとう三千魚詩集『花たちへ』よりの引用の織物

 

  

 

聴いていた    

ガーベラ

 

白い道が光っていた     

 

まいにちが    

まいにちさ

 

抱いていくよ   

 

港町を    

飛んでいくよ   

 

わたしがあなた    

 

すみれは  

水晶を

抱いてる

 

天に   

問う

 

どうして     

きょうが

あるの

 

花がすき     

きょうが好き

 

なにもかも   

好き

 

余生を   

花で埋める

 

まいにち   

まいにち

咲いている

 

 


 

 

さとう三千魚詩集『花たちへ』(浜風文庫、2025)所収の「音」「汚」「運命」「お一人様」「しらす」「わたし」「出会い」「すみれと水晶」「天問」「今日という日」「なにもかも」「余生」「まいにち」より部分を引用して合成

 

 




わたしたち


  

ショッピングモールの端の

簡易なテーブル+イスに

ちょっと憩って

食べても

食べなくても

かわらないようなものを

ちょっと食べて

まわりのひとびとの動きや

たくさんのショップの賑わいを

ちょっと眺め続けて

 

食べ終わって

席を立ち

出口のところから

つい今までわたしたちがいたところを

ふり返ると

べつの人たちが着席して

やはり

食べても

食べなくても

かわらないようなものを

ちょっと

食べはじめている

 

つい今までわたしたちがいたところに

もう

わたしたちの影はなく

ちょっと

時間が経てば

今いるひとたちの影も

すぐに

なくなるだろう

 

次に着席するひとたちも

その後に着席するひとたちも

同じように

食べても

食べなくても

かわらないようなものを

ちょっと

食べては

すぐに席を立ち

かれらの影も

すぐに失われていくだろう

 

いるひとたちも

すぐに

いなくなるひとたち

 

すぐにいなくなる

なら

今いるようでも

すでに

いないのと同じ

ひとたち

 

わたしたち





2025年12月30日火曜日

クリスマスが済んで翌日になると


  

 

クリスマスが済んで

翌日になると

もう

スーパーマーケットでは

注連飾りや

鏡餅なんかが売られていて

この変わり身の早さに

やっぱり

驚いてしまった

 

ちょっと昔なら

翌日は

売れ残った

クリスマスケーキや

シュトーレンが

値引きされて売っていたり

したのに

 

さらに

クリスマス明けのチラシには

もう

恵方巻の予約広告まで

出されていて

いっそう

驚いてしまった

 

とはいえ

ひな祭りの予告までは

さすがに

まだ

出てはいない

 

端午の節句のことも

まだまだ

出ていない






別世界の住人のように


 

 

世間

ということばを使おうか?

それとも

世の中

と呼ぶ?

 

いつも

迷う

 

町に出ると

人のかたちをした

たくさんの姿が

歩いていたり

なにごとかしていたり

テレビの画面に映っていたり

SNSで

なんやかや

しゃべっていたり

動いていたり

 

みんな

そこそこ元気そうで

世間や

世の中の

分子や原子としてふさわしいように

あるいは

素粒子のように

いそがしく立ちまわっている

 

ああ

世間や世の中には

元気な人たちばっかりなんだ

じぶんも

がんばらないとな

 

などと

思ってしまいそうになるが

そう見えるのは

うそ

 

まちがい

 

そこそこ元気そうに

立ちまわれる

人体たちが

きびきび

てきぱき

目立つところで

動いているだけのことで

動けない人体たちは

表にはもう出てこないし

SNSなんかにも

姿などさらさない

 

そういうのが

世間

 

そういうのが

世の中

 

大病院なんかに

なにかの用事で行ってみると

驚くほどたくさんの人体が

世間からも

世の中からも隠れて

別世界の住人のように

順番待ちのソファで座っていたり

通路をよろよろ行き来していたりする

 





2025年12月24日水曜日

クリスマスは好き

 

 

 

日常のルーティーンが

ちょっと変動したり

つかのま

なくなったりするのはいいけれど

クリスマスに

ぜんぜん興味がない

 

興味がない

けれど

クリスマスは好き

 

キリスト教徒ではなく

キリスト教をまったく信じておらず

キリスト教徒が全世界のあちこちで支配戦争をしかけ

ナンセンスな屁理屈を繰り出して

戦争オタクを続けてきたのを

非常に不愉快に思っているけれど

まるで

キリストなどというものが

かつて

ほんとうに生まれたことがあったかのように

物語を想像してみるのは

好き

 

キリストが

いつか再臨して

どうしようもない泥沼になった

腐り切った人界を

きれいさっぱり浄化して

救ってくれる

空想にちょびっと参加しながら

砂糖も添加物もけっこう入っているクリーム仕立ての

安価なクリスマスケーキのひと切れを

特別な時の

なにか特別のもののように

食べてみるのも

好き

 

かつて

イエス・キリストに本当に出会い

正面から彼の顔を見つめた経験があるのを

あまりに俗化し

あまりにねじ曲げられたかたちながら

彼に繋がった祭事の時に

からだじゅうの

細胞ひとつひとつの微細な振動のなかに

蘇らせるのが

好き

 

地上に平和をもたらすために、わたしがきたと思うな。

平和ではなく、つるぎを投げ込むためにきたのである。

わたしがきたのは、

人をその父と、

娘をその母と、

嫁をそのしゅうとめと仲たがいさせるためである。

そして家の者が、その人の敵となるであろう。

わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。

わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない。

また自分の十字架をとってわたしに従ってこない者は

わたしにふさわしくない。

自分の命を得ている者はそれを失い、

わたしのために自分の命を失っている者は、それを得るであろう。

あなたがたを受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。

わたしを受けいれる者は、

わたしをおつかわしになったかたを受けいれるのである。

預言者の名のゆえに預言者を受けいれる者は、

預言者の報いを受け、

義人の名のゆえに義人を受けいれる者は、

義人の報いを受けるであろう。

わたしの弟子であるという名のゆえに、

この小さい者のひとりに冷たい水一杯でも飲ませてくれる者は、

よく言っておくが、

決してその報いからもれることはない。


『マタイによる福音書』 10:34-42

 

 




てるてる坊主


 

木製の階段上のもので

ヨーロッパの教会でよく見かける

神父が上って

説教をする台のようにも見える

家の二階ぐらいの高さまで

階段が続いていく

 

自由に階段を上って

いちばん最後のところまで

行って見てみる

ことができるようだ

 

「何だろうね?」

「何に使った階段だろうね?」

「上まで行っても

べつにおもしろくないけどね」

などと喋りながら

ふたり連れや

家族のグループが

階段の前で見上げていたり

実際に上って

端っこまで行ってみたりしている

 

どこか気になって

立ち止まって

わたしもしばらく見ていたが

やはり何のためのものか

わからないので

ほかのところへ移ろうとして

離れようとしたら

なんとわたしの立っていた足元に

ちょっと小さなプレートがあり

この台についての説明が書かれていた

 

「長期間処刑台として使用

階段を上らせて

最後のところで押し落して絞首する

街の治安維持の象徴として

地区ごとに一台設置され

てるてる坊主

と呼ばれて

市民に親しまれた

失敗は一度もなかった」






2025年12月20日土曜日

如何なる場合にも平気で生きて居る事

 

 

 

 

正岡子規は『病牀六尺』にこう書いている

 

余は今まで

禅宗のいはゆる悟りといふ事を誤解して居た。

悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事か

と思つて居たのは間違ひで、

悟りといふ事は如何なる場合にも

平気で生きて居る事であった。

 

至言であり

数多い禅坊主たちでも

ここまで

わかりやすく言い切れる者は少ないだろう

 

結核菌に脊柱を冒されて脊椎カリエスになり

臀部や背中に穴が開いて

膿が流れ出る病状が6年ほど続いて死に至るのだが

自分を介護する母や妹には粗食を強いながら

自分だけは飽食をし続けた子規にして到達し得たのが

「悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事」

という境地だった

 

嵐山光三郎はこのようにまとめている*

 

『病林六尺』は捕われた肉体を強靭な精神が凌駕する格闘の記録として読者の心を震えさせるが、その舞台裏の壮絶さは『仰臥漫録』に、あたかも自己告発のような食事の記録として残されている。

すさまじい食欲である。

三度の食事と間食と服薬とカリエス患部繃帯の交換の繰返しのなかで、子規は、食いすぎて吐き、大食のため腹が痛むのに苦悶し、歯ぐきの膿を押し出してまた食い、便を山のように出す。子規は「自分は一つの梅干を二度にも三度にも食ふ それでもまだ捨てるのが惜い 梅干の核は幾度吸はぶつてもなほ酸味を帯びて居る それをはきだめに捨ててしまふといふのが如何にも惜くてたまらぬ」性格であり、長塚節が送ってよこした三羽の鴨を翌日の昼食に焼かせて三羽とも一人で食い、粥三わん、梨、葡萄もあわせて食い、間食に牛乳一合、菓子パン大小数個、塩煎餅、夕食は与平寿司二つ三つ、粥二椀、まぐろさしみ、煮茄子、なら漬、葡萄をたいらげ、さらに夜食として林檎二切、飴湯を飲んだ。鳴が届いたときは、

 

淋しさの三羽減りけり鴨の秋

 

と詠んでみせる。

病床のうめき声が油枯れの肉体から木枯しのようにひゅうひゅうと響いてくる。生死のはざまをさまよう食欲で、「餓鬼」としての自分の肉体を観察している。生きることはどういうことか、食うとはどういう意味かをつきつけられる。子規は貪るように食う。 あさましく、見苦しく、とどまることを知らぬ食欲である。

 

「歯ぐきの膿を押し出してまた食い

便を山のように出す」

というのが

正岡子規の真骨頂であり

嵐山光三郎は

迂回せずに

ここをよく捉えている

「歯ぐきの膿」というのは

体中に結核菌がまわって発症した

歯周病であろうから

あの歯周病患者独特の臭気も

子規の周囲には漂っていただろう

『仰臥漫録』にはこうある

「歯茎から出る膿は

右の方も左の方も少しも衰へぬ。

毎日幾度となく綿で拭ひ取るのであるが

体の弱つて居る日は

十分に拭ひ取らずに捨てて置くこともある」

そもそも

自分では便所にもいけない身体なので

糞尿の臭いも

つねに

部屋には籠もっていたはずである

 

子規の寝たきりになっていた

小さな部屋での

生活というか

生き延びというかを

子規自身でこう記している

 

病牀六尺、これが我世界である。しかもこの六尺の病牀が余には広過ぎるのである。 僅かに手を延ばして畳に触れる事はあるが、布団の外へまで足を延ばして体をくつろぐ事も出来ない。甚だしい時は極端の苦痛に苦しめられて五分も一寸も体の動けない事がある。苦痛、煩悶、号泣、麻痺剤、僅かに一条の活路を死路の内に求めて少しの安楽を貪る果敢(はか)なさ、それでも生きて居ればいひたい事はいひたいもので、毎日見るものは新聞雑誌に限って居れど、それさへ読めないで苦しんで居る時も多いが、読めば腹の立つ事、癪にさはる事、たまには何となく嬉しくてために病苦を忘るるやうな事がないでもない。(『病牀六尺』)**

 

歯茎からの膿の記述を

すでに引用したが

『仰臥漫録』のそのあたり全体も

まとめて見直しておこう

 

この頃の容体及び毎日の例

病気は表面にさしたる変動はないが次第に体が衰えて行くことは争はれぬ。膿の出る口は次第にふえる、寐返りは次第にむつかしくなる、衰弱のため何もするのがいやでただぼんやりと寐て居るやうなことが多い。

腸骨の側に新に膿の口が出来てその近辺が痛む、これが返りを困難にする大原因になって居る。右へ向くも左へ向くも仰向になるもいづれにしてもこの猫所を刺激する、咳をしてもここにひびき泣いてもここにひびく。

繃帯は毎日一度取換へる。これは律の役なり。尻のさき最(もっとも)痛く僅(わずか)に綿を以て拭うふすらなほ疼痛を感ずる。背部にも痛き箇所がある。それ故繃帯取換は余に取つても律に取つても毎日の一大難事である。この際に便通ある例で、都合四十分乃至一時間を要する。

肛門の開閉が尻の痛所を刺戟するのと腸の運動が左腸骨辺の痛所を刺戟するのとで便通が催された時これを猶予するの力もなければ奥の方にある屎(くそ)をりきみ出す力もない。ただその出るに任するのであるから日に幾度あるかも知れぬ。従つて家人は暫時(しばし)も家を離れることが出来ぬのは実に気の毒の次第だ。

睡眠はこの頃善く出来る。しかし体の痛むため夜中幾度となく目をさましてはまた眠るわけだ

歯茎から出る膿は右の方も左の方も少しも衰へぬ。毎日幾度となく綿で拭ひ取るのであるが体の弱つて居る日は十分に拭ひ取らずに捨てて置くこともある。

物を見て時々目がちかちかするやうに痛むのは年来のことであるが先日逆上以来いよいよつよくなつて新聞などを見ると直に痛んで来て目をあけて居られぬやうになつた。それで黒眼鏡をかけて新聞を読んで居る。

朝々湯婆(たんぽ)を入れる。熱出ぬ。小便には黄色の交り物あること多し

食事は相変らず唯一の楽(たのしみ)であるがもう思ふやうには食はれぬ。食ふとすぐ腸胃が変な運動を起して少しは痛む。食ふた者は少しも消化せずに肛門へ出る。

さしみは醤油をべたとつけてそれを飯または弱の上にかぶせて食ふ

佃煮も飯または粥の上に少しづつ置いて食ふ。

歯は右の方にて噛む。左の方は痛くて噛めぬ。

朝起きてすぐ新聞を見ることをやめた。目をいたはるのぢや。人の来ぬ時は新聞を見るのが唯一のひまつぶしぢや。

食前に必ず葡萄酒(渋いの)一杯飲む。クレオソートは毎日二号カフセルにて六粒。***

 

子規は

短歌において

浮薄な感情や感傷を排した

シャープなレンズによる撮影のように

写実にクリアに徹しようとする新境地を拓いたが

病牀でのこれらの文章を見ると

精神も澄み切ったレンズそのもののような箇所があったのが

よくわかってくる

 

こういった方向性から逃げて

お花畑の

パステルカラーの浮薄なお文芸に流れようとも

誰にであれ

背が曲がり

尻が削げ

フレイルよろしく震えながら

わなわな摺り足のようにしてかろうじて歩むような

もはや表情さえほとんどない

老耄の日々が来たり

予期せぬ病による衰弱も来て

「食ふた者は少しも消化せずに肛門へ出る」事態や

「便通が催された時これを猶予するの力もなければ

奥の方にある屎(くそ)をりきみ出す力もない」事態や

「体の痛むため夜中幾度となく目をさましてはまた眠る」状態や

「衰弱のため何もするのがいやでただぼんやりと寐て居る」状態は

かならずや襲いかかってくるだろう

心身状態における生老病死のリアルなるものは

どれだけそこから逃れようとしても

万人に襲いかかってくる

流行のファッションを追っても

ブランドものでつかのま身を飾っても

精神異常の証左でしかないキャラものを

ごそごそバッグにぶら下げても

男女みな行き着く先は子規の病牀である

 

ふと

思い出してしまうのは

子規とは隔絶した俗謡ながら

あの

いしだあゆみの

『あなたならどうする』

だったりする

https://www.youtube.com/watch?v=EjmZYedgMy8&list=RDEjmZYedgMy8&start_radio=1

 

 

 

 

 

*嵐山光三郎 『文人悪食』(新潮文庫、1997pp.56-66

**正岡子規 『病牀六尺』(岩波文庫、1984改版、p.7)

***正岡子規 『仰臥漫録』 (岩波文庫、1983改版、pp.124-125