2025年12月24日水曜日

クリスマスは好き

 

 

 

日常のルーティーンが

ちょっと変動したり

つかのま

なくなったりするのはいいけれど

クリスマスに

ぜんぜん興味がない

 

興味がない

けれど

クリスマスは好き

 

キリスト教徒ではなく

キリスト教をまったく信じておらず

キリスト教徒が全世界のあちこちで支配戦争をしかけ

ナンセンスな屁理屈を繰り出して

戦争オタクを続けてきたのを

非常に不愉快に思っているけれど

まるで

キリストなどというものが

かつて

ほんとうに生まれたことがあったかのように

物語を想像してみるのは

好き

 

キリストが

いつか再臨して

どうしようもない泥沼になった

腐り切った人界を

きれいさっぱり浄化して

救ってくれる

空想にちょびっと参加しながら

砂糖も添加物もけっこう入っているクリーム仕立ての

安価なクリスマスケーキのひと切れを

特別な時の

なにか特別のもののように

食べてみるのも

好き

 

かつて

イエス・キリストに本当に出会い

正面から彼の顔を見つめた経験があるのを

あまりに俗化し

あまりにねじ曲げられたかたちながら

彼に繋がった祭事の時に

からだじゅうの

細胞ひとつひとつの微細な振動のなかに

蘇らせるのが

好き

 

地上に平和をもたらすために、わたしがきたと思うな。

平和ではなく、つるぎを投げ込むためにきたのである。

わたしがきたのは、

人をその父と、

娘をその母と、

嫁をそのしゅうとめと仲たがいさせるためである。

そして家の者が、その人の敵となるであろう。

わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。

わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない。

また自分の十字架をとってわたしに従ってこない者は

わたしにふさわしくない。

自分の命を得ている者はそれを失い、

わたしのために自分の命を失っている者は、それを得るであろう。

あなたがたを受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。

わたしを受けいれる者は、

わたしをおつかわしになったかたを受けいれるのである。

預言者の名のゆえに預言者を受けいれる者は、

預言者の報いを受け、

義人の名のゆえに義人を受けいれる者は、

義人の報いを受けるであろう。

わたしの弟子であるという名のゆえに、

この小さい者のひとりに冷たい水一杯でも飲ませてくれる者は、

よく言っておくが、

決してその報いからもれることはない。


『マタイによる福音書』 10:34-42

 

 




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