2025年7月5日土曜日

イシスとアヌビス

 


 

若ければ

本というものの

この世でのあまりの多さには

辟易するというより

窒息させられてしまうような

絶望的なまでの重圧も

感じさせられることだろう

 

歳をかさねていくうち

本や

それらの評判や

書き手や出版社の浮沈を

いやというほど目にし

とある一冊の本が

じぶんの手もとに流れ着いてくることにも

どうやら

大いなる偶然と奇跡があるのだと

気づくようになる

 

そんな経験を重ねるうち

ある頃から

わたくしは思うようになった

 

出会う本のすべては

ただわたくしひとりだけに届くようにと

書き手たちが

格別の配慮と熱情をこめて

ごく個人的に

水入らずの書き方で

したためて

たいそうひそやかに

時間と偶然の大河に流し出してくれたのだと

 

さらに拡大して言えば

出会う本ばかりか

出会う言葉や

出会う表象や

出会う音や

出会う色や

出会うかたちや

出会う情報や

出会うノイズの数々さえもが

セトに殺されて切り刻まれてナイル川に投げ込まれた

オシリスの肉体の断片で

わたくしはそれらをひとつひとつ拾いあつめ

結びあわせて

オシリスを復活させつつあるのだと

 

すなわち

オシリスの妹であるイシスと

子であるアヌビスの

わたくし

 

 





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