2026年2月3日火曜日

エメラルド・タブレット抄  0・3


 

 


       定家卿ト云フ名人ノ手跡、以外ノ悪筆也

          後世風評

 

 


 

 

03

 

 「わたし」の誕生の瞬間をよく記憶している。紅茶の葉に熱湯を注いでいた。なにかきっかけがあって、ひとびとが語る「わたし」の印象をいろいろ思い出していた。それらの印象はどれも、「わたし」と自称する主体からは、誤りとみえた。しかし、誤りとみえるそれらの印象相互には、ある種の共通性が読み取れた。

 

紅茶の葉が湯にほぐれるあいだに、その共通性を「わたし」としてもよいのだと「わたし」は考えた。「わたし」についての印象を語る他の「わたし」たちの主観相互に通底するものを、この「わたし」の本質とすれば、現象界に「わたし」の主観は顕現せずに終わるだろう。他者に「わたし」として映じるものは、かれらの主観の反映でしかなくなる。こういう映像的生は、このうえない快楽と感じられた。「わたし」の本質に、物質界への顕現の機会をほとんど与えないで生を終えることは、生死のシステムへの最高の一撃に思えた。

 

こうして、「わたし」は生まれ落ちたのだ。

 

 

 

 


 

[初出] NOUVEAU NOUVEAU FRISSON (ヌーヴォー・ヌーヴォー・フリッソン) numéro 7 (19968)
編集発行人 駿河昌樹
発行場所 東京都世田谷区代田115、ホース115205 155

 






0 件のコメント: