[1995年の阪神淡路大震災とオウム真理教事件の直前の空気の
私の最近の詩は、私には、
ある重要な進歩を示しているものと思われていました。
あれらの詩は、本当に、
全体としてそれほど発表しかねる代物でしょうか?
アントナン・アルトー
『ジャック・リヴィエールとの往復書簡』
for John Donne
序詩
霧はゆっくりとはれて
洗い出したばかりのようなみどりのうつくしい原が
ぼくたちのまえにひろがる
高原のこの朝のなんというきよらかさ
きみの頬もうなじも腕もしろくきよらかで
ぼくはぼくの愛のたしかさをそこに見るおもいがする
世界はなんとしずかで慈愛にとみ
そうしてなんという祝福のかぎりなさだろう
きみといっしょならもうなにもつらいものはない
こうしてふたり朝の気のながれに立って
あかるくかがやかしく喜びに満ち満ちた未来を思おう
果てることなく発展する人間の調和にあふれた未来を思おう
その未来でぼくはちからをつくして働き
きみの喜びの顔をいちばんの報酬としてうけとるだろう
世界のどこもしあわせでかがやき
この世にありながらぼくたちは天国を生きる
どこにも不幸などなく
むなしさもなく
がっかりするようなことさえない
どこにも悲惨はなく
ましてや自分の小腸を首に巻きつけられてそれで首を吊られた青年
頭の皮を剥がれたうら若い美女などいない
外陰唇を引きちぎられているのや
子宮をとられて内臓の切れ端をのぞかせているのや
肺に溶けた鍋を流し込まれた僧などいない
電車のなかで股をひろげるしか能のないオヤジや
どこでも平気で唾をはくジャップどもや
ぶつかっても詫びもいれないサラリーマンどもや
セックスウィルスの女子学生どももいない
世界はなんとしずかで慈愛にとみ
そうしてなんという祝福のかぎりなさだろう
きみといっしょならもうなにもつらいものはないし
こうしてふたり朝の気のながれに立って
あかるくかがやかしく喜びに満ち満ちた未来を思おう
果てることなく発展する人間の調和にあふれた未来を思おう
その未来でぼくはちからをつくして働き
きみの喜びの顔をいちばんの報酬としてうけとるだろう
そうして……………………
やつらの肥満した腹をなんどもなんども踏みつけてシェイプアップ
清潔な秩序ある国家を復興しよう
礼節、礼節、礼節、礼節!
日々の生活に必要な単純なことを守ろう
オヤジどもは唾をはくな
ガキは電車で走り回るな
べらべらきゃあきゃあしゃべってんじゃねえよ、ブスのおんなども
かっこつけたってしょせんかなしきひょこひょこのニッポン青年
ばばあはもっと色気出せ
どう着ても似合わねぇ背広をなんとかしろよ
たたくとカンカン音の出る「マンション」とはねえ
若いおんなどもは着飾るとみんな娼婦みたいなつんつるてんだし
ほんとの英語はできねぇくせにエイゴっぽいこた大好きで
おおニッポン!どこまで行っても学級会
おおニッポン!すこしは目覚めろ恥を知ろ
おおニッポン!てめえはどこまでタマなしか?
てめえ立つのか?射精はするか?
おれのケツでもかしたろか?
霧がゆっくりとはれて
洗い出したばかりのようなみどりのうつくしい原が
ぼくたちのまえにひろがるといいがありえないだろうなもうそんな
高原のこの朝のなんというきよらかさ、
きみの頬もうなじも腕もしろくきよらかであるときがこれからあり
ぼくはぼくの愛のたしかさをそこに見るおもいがする、
世界はなんとしずかで慈愛にとみみとに愛慈でかずしとんなは界世
そうしてなんという祝福のかぎりなさだろう、
きみといっしょならもうなにもつらいものはないってのはあきらか
こうしてふたり朝の気のながれに立って立たせてもちろんあそこを
あかるくかがやかしく喜びに満ち満ちた未来を思おうとどうしよう
果てることなく発展する人間の調和にあふれた未来を思おうともま
その未来でぼくはちからをつくして働きし盗み殺し支配し好き勝手
きみの喜びの顔をいちばんの報酬としてうけとるだろうと口では言
世界のどこもしあわせでかがやきふしあわせでさらにさらにかがや
この世にありながらぼくたちは天国を生きるってのはようするにラ
どこにも不幸などなくほどなくいななくわくわくぱくぱく
むなしさもなく示唆もなく
がっかりするようなことさえない
さえない
はえない
うらみのことば
後鳥羽上皇よくお聞き
後鳥羽上皇よくお聞き
[初出] NOUVEAU FRISSON (ヌーヴォー・フリッソン) numéro 20 (1994年8月)
編集発行人 駿河昌樹
発行場所 東京都世田谷区代田1-1-5、ホース115ー205 〒155
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