2026年2月4日水曜日

私には〈蛇〉のように見えた

 

  

 

 

ヘルメス文書と略称される文書のうちのCHⅠで

「存在するものについての省察が始まり

思考の力が甚だしく高ま」った「私」に

ヘルメス・トリスメギストスなるポイマンドレースは

このように教える *


お前が学びたいと思っていることをすべて自分の叡知に留めて置きなさい、私が教えてあげよう」。

こう言うと、彼は姿を変じた。と、たちまちにわかにすべてが私の前に開けていた。私は測り知れぬ眺めを見る。そこに生じているすべては光であり、(その光は)美しく、喜ばしく、見ているうちに私は愛を抱いた。それから暫くすると、闇が垂れ下り、部分部分に分れ、恐ろしく、嫌悪を催すものとなり、曲りくねって広がり、私には〈蛇〉のように見えた。それから、闇は湿潤なフュシスのようなものに変化した。それは名状し難いほどに混沌とし、火のように煙を発し、言い表わすことのできない、哀訴の叫び声のようなものを発していた。それから、何を言っているのか分らないが、火の音のような叫びがフュシスから出ていた。

 

ここに現われる「〈蛇〉のよう」なものに

昔から私は注目し

おそらく旧約聖書でイヴを誘惑する蛇も

光と闇とからなる宇宙創造の一面を物語ろうとする

思い描きやすい粗雑な比喩であろうと考えてきている

旧約聖書も新約聖書も

物語的に

あるいはお話的に読んだのでは

真意を完全に誤読する

個々人の精神的変容の過程を物語化して導こうとする

ひとつの試みと読むべきと考える

 

ヘルメス文書のこの箇所は

〈蛇〉が闇の見え方のひとつであることを示し

また闇は「湿潤なフュシスのようなものに変化」もするのを示している

闇の可塑性を思い出しておくことは

神秘学徒には興味深いことだろう

 

文書CHⅠに触れたついでに

「運命」とはないか

について語る別の箇所も見直しておく

 

さて、神なるヌースは男女であり、命にして光であるが、ロゴスによって造物主なるもう一人のヌースを生み出した。彼は火と霊気の神であって、ある七人の支配者を造り出した。この者たちは感覚で把握される世界(コスモス)を円周によって包んでいて、その支配は運命(ヘイマルメネー)と呼ばれている。

 

一般的な世俗の生活者は

このように「運命」を説明されても

もちろんなにも実感的にわからないだろう

だからこそ

懇切丁寧に実感的にわからせるために

誕生から死までの一連の個人的物語が展開される現世が準備され

その行程を辿らされる仕儀になる

 

問題とすべきことのひとつは

「わかる」とはなにか

どうすれば「わかる」が発生するのか

ということである

 


 

 

*ここでは『ヘルメス文書』(荒井献+柴田有訳、朝日出版社、1980)を用いている。この翻訳の底本としては、A.D.Nock, A.-J.Festugière, Hermès Trismégiste ,, Paris, 1972,1973.が用いられている。






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