2026年2月1日日曜日


 

 

時間が修復不能の確実さで超えられていった先には詩さえあるまい

雪がほしい無人の広大な風景をひかえて

なんの回収を企んでいた目だろうか 途中で折れた

薄が何本も揺れて 風もないのに 風もないのに

風もないのに広大なさびしさのほとりで世界をまみどりに染めようとでも

ちからない企みをしたか ちからない企みをしたか どのようにして

どのようにして生きてきたの、あなた

どのようにして生きてこれたの、あなた

問いかけてくれる言葉になってくださいと頼みつづけて

雪のようによこなぶりのわたしの半生でしたか

湿っていればいいのかしらね

うつくしい

ふいの出会いの音楽聴いて今日は過ぎたけれど

聴いても新聞のこころはすぐ黄色くなりはじめる

湿っていればいいのかしらね

うつくしい

修復不能の確実さに涙するように涙するようにと望むそんなにひとりぼっちの

ただの目のあなたこなたかなたもっとひろがりがあると主張するのねでもね

でもねどのようにして生きてこれたとしても生きてこれただけのあなた

でしょどのようにして

過ぎたとしてもただ過ぎただけの日のあなたこなたかなたもっと

ひろくふかくおもくかるくたかくあかるく
あかるく
天空に咲くこまかな黄赤青緑紫金銀の花々に埋もれて古い扉は

待っているあなたかしらと
あなたかしらと問う一行をいまここにあげるから水のいっぱいのくちづけを欲しいの

水の
結婚海域にもう時計なんて投げ込んじゃってよいますぐによみどりの嵐に

胸突き破られて過去という固形を流す黒い運河から
狼や奥への手紙を(届かないのに 届けるあてもないのに)テーブルのふくよかな
林のほうへ逸れていくゴンドラのふたつみつ六月ほおずき思い出の指は

どの指かしらどの指だったかしらとじぶん自身に聞いているのなら

無音の雑踏にひっきりなしに突っこむ薄白い幽霊たちかあれはひゅんひゅんと

音ではないけれども気を揺るがせて湯気のたえずあがるような
遠い帆 くれがたはことに
墓へとのびていくわたしの小川のこころの細すじに柳の若葉を落として

まだもの思いに浸っていたルネも自我の外へと起きる頃に
もうなにも書かないと言っていたあなたなのに水へ
水のおもてに
なんてとりかえしのつかないいたずら書きの
ふいに目眩く青 青 青
来ましたわね 来ました これですね と
青だったあなたがいうのでしたのでしたのよね 青 と

まだ行くの? まだ?
ええ。青 ですもの と
わたしは時間の外で寒くないなんだか奇妙な感じですわはじめて
寒くない外に
――――――ええ。ふいに
青だったあなたが青に入ったわけでしたもの

 

 

 



 

 

[初出] NOUVEAU FRISSON (ヌーヴォー・フリッソン) numéro 66 (19978)
編集発行人 駿河昌樹
発行場所 東京都世田谷区代田115、ホース115205 
155


 

 

0 件のコメント: