定家卿ト云フ名人ノ手跡、以外ノ悪筆也
後世風評
1・2
病が最良の癒しである。雑音に過ぎなかったじぶん。時計の針音が廊下の端の壁に反射して戻ってくるのが、いまは聞こえる。魂は、この瞬間を待ちわびていた。沈黙は無数の層を持っていた。それらの層がゆっくりと剥離しはじめる。一層一層に、数億年の時間が録音されている。油が水面に虹の文様を描くように、どの層からも色彩の森が繁茂しはじめる。生のはじまりだ。このはじまりに到り着けずに、ひとは歴史となる。物の層で領土をすっかり失わないかぎり、生ははじまらない。反表現。コミュニケーションから身をひけ。 まず、停止しなければならない。その停止をひとは恐れる。必要なのは、死を生きる才能だ。病が最良の癒しであると知るまで、人生や職業などにひとはかかずらう。人生よりも、身のまわりのこの空気のよそよそしさのほうが、はるかに自我である。
[初出] NOUVEAU NOUVEAU FRISSON (ヌーヴォー・ヌーヴォー・フリッソン) numéro 7 (1996年8月)
編集発行人 駿河昌樹
発行場所 東京都世田谷区代田1-1-5、ホース115ー205 〒155
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