気ままな詩選を自分の愉しみのために。制作年代も意図も問わず、まちまちに。
定家卿ト云フ名人ノ手跡、以外ノ悪筆也
後世風評
2・2
人界でのつよさは、手持ちの物語への盲信と、他者の物語への鈍感さにかかっている。だから、よわさこそ、真のつよさだ。
ともあれ、苦痛にみちていても、ここにいる(と思う)ことは、驚くべき出来事である。ある時ある場所に生まれたという物語を親が「わたし」に語り、この土地の発声と意味の体系を脳を通して精神へと刻みこみ、やがてそれの体系のスクリーンに「わたし」の架空の姿を反射させるようになった……
……それも物語だ。物語のそとへひとは出られない。恩寵として脳障害や精神分裂、植物人間化、記憶喪失などを考える必要がここに生じる。物語が止む時を、特権的な聖なる時間とみなすべきだ。
物語をつくることは? それで、物語を停止させうるだろうか?
[初出] NOUVEAU NOUVEAU FRISSON (ヌーヴォー・ヌーヴォー・フリッソン) numéro 7 (1996年8月)編集発行人 駿河昌樹発行場所 東京都世田谷区代田1-1-5、ホース115ー205 〒155
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