裸ではない、写真の女。
おおきな腕輪をつけた左手を腰に。
右手は項のあたり、白い帽子のひろい鍔をかるく押さえている。
色のない縞が縦に入った白いボディス。肩はすっかり出ていて
フラッシュの光に輝いている。黒い肌。
アーモンドのような、大きな整った目が見開かれている。
カメラを逸れて、瞳はわきに流れる。
ポーズ。媚態を示す古典的な、そのゆえに清潔な印象のポーズ。
女の右側の背景はとても暗いが、
窓? それとも建物のはずれ、むこうに見えるなにかの明かり?
黒い肌。しかし、黒人ではない。南欧の日焼けした女の肌、
アラビアの血を引くヨーロッパの女。
黒い肌。モノクロ写真のゆえに。夜のゆえに。
白い大きな帽子とツーピースのゆえに。
黒い肌。死んでいるはずの女。第二次大戦以前の写真。すでに
死んでいるはずの女。
黒い肌。モノクロ写真のゆえに。見開かれた大きな目。
瞳のまわり、際立つ白。すでに失われたはずの白。
黒い肌、手の、指の先まで。ことに手の甲から中指への黒い流れ。
はじめから失われていたかのような黒。
失われることなどないかのような。
死んでいるはずの女。関わりの持ちようもない…… こちらへ
向けられているのでない媚。まなざし。関わりを
持とうとしているわけでもない…… 残っているのは(「それ、
言葉だけが、失われていないものとして残りました。
そうです、すべての出来事にもかかわらず」。
ツェランは、そう言っていたが・・・・*)
まだ、わたし、
見続けているかぎり……、 なお、……
*パウル・ツェラン「ハンザ自由都市ブレーメン文学賞受賞挨拶」
[初出] NOUVEAU FRISSON (ヌーヴォー・フリッソン) numéro 85 (1999年6月)
編集発行人 駿河昌樹
発行場所 東京都世田谷区代田1-1-5、ホース115ー205 〒155
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