2025年8月25日月曜日

すべてが一つになり 一つがすべてである時


 

 

 

 

入り口がいっぱいあるがゆえに

レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)の

『天国への階段』(Stairway to Heaven)の歌詞はおもしろい

まるでドゥルーズとガタリが示した

カフカへの入り込み方のように

入り口がいっぱいあるがゆえに

 https://www.youtube.com/watch?v=xbhCPt6PZIU

 https://www.youtube.com/watch?v=Ly6ZhQVnVow

https://www.youtube.com/watch?v=QkF3oxziUI4


そして

いかなる詩も詞も

そこに

なにかへの入り口さえあればいい

 

中に

いっぱい物が詰まった部屋があっては

逆に困る

部屋は

空室

虚室

であるに限る

 

入り口の先に

虚室を作れるかどうか

ここに

詩や詞は

かかっている

 

ボーカルの

ロバート・アンソニー・プラント(Robert Anthony Plant)が

作詞したようで

「歌詞に深い意味なんかありはしない」

「あれは成り行きで出来た曲だ」

などと語っているらしいが

作詞者は

つねに入り口だけ作ればいい

「歌詞に深い意味なんかありはしない」

とは

最高の自信であり

うるわしき倨傲でもある

「意味という病」(柄谷行人)に冒されるばかりの現代人に

特効薬を提供している証左でもある

 

       *

 

粗く喩えてみれば

ラヴェルの『ボレロ』のような

「延々と続く繰り返し」である音楽面についての評価は

ハードロックのコアなファンたちに任せたい

単一の要素を繰り返しつつ

次第に楽器数を増やしてクライマックスに至る変奏曲構成で

特に特筆するほどの新境地を拓いたわけではない

冒頭部で72BPM程度の速度だったものが

曲の終わりでは終わりでは100BPM近くにまで達していて

「だんだん速く」演奏するアッチェレランド(accelerando)となっているが

これも珍しいものではない

 

自分でギターも弾かず

ドラムも叩かない者が語るべきことはないが

クラシック狂いの身でちょっと洩らせば

かのヘルベルト・フォン・カラヤンが

レッド・ツェッペリンのこの曲を「完璧」と絶賛していたのは

思い出しておいてもよい

 

ギター好きが心を奪われる

オープニングコードのあのアルペジオが

アメリカのバンド「スピリット」の1968年の楽曲「Taurus」の

盗用だと告訴され

連邦地裁と連邦最高裁で

レッド・ツェッペリン側が勝訴したとはいうものの

彼らは「スピリット」とともにツアーをしていたのだから

インスピレーションを得ていたのは確かだろう

ヴィヴァルディのメロディーを

バッハが勝手に貰ってしまうほどの盗みでは

ないだろうが

 

       *

 

さて

歌詞に耳を澄ます時

なんといっても

注意を惹かれるのは

最後の連にある

 

When all are one and one is all

すべてが一つになり 一つがすべてである時

  

もう少しひろく引用すると

 

How everything still turns to gold

And if you listen very hard

The tune will come to you at last

When all are one and one is all

To be a rock and not to roll

 

すべてのものがどうやって金になるのか

耳を澄ませてよく聞こうとするなら

その調べがやがてあなたにも届くはず

すべてが一つになり 一つがすべてである時

岩となり 転がり落ちることはない

 

となる

 

When all are one and one is all

すべてが一つになり 一つがすべてである時

  

当然のように

聴く者を

一瞬に

3世紀の新プラトン派のプロティノスに導く

 

すべての存在は

一つであることによって存在なのである

このことは

第一義的な意味の存在についても

何らかの意味において存在のうちに数えらえるものについても

みなそうなのである

なぜなら

いったい何が

一つでなくても

なお存在しうるであろうか

ものが一つのものとして語られる

その一つということを取り去られるならば

そこに語られていたものとしては

存在しえないからである*

 

これは

『エネアデス』第6論集・第9論文の『善なるもの一なるもの』の冒頭だが

ここに垣間見られる思考は

たんに存在論に適用されているだけでなく

ヨーロッパ政治思想の根幹をも支配している

「多」を「一」と見なすとともに

「一」はつねに「多」であるという原理を信仰することでのみ

統治論も人格統一も成立するが

この原理を抽象的に端的に示したのがプロティノスだった

 

 

レッド・ツェッペリンは

あからさまにプロティノスを出している

これが

『天国への階段』の

興味深い入り口のひとつである

 

       *

 

『天国への階段』が言及した

このoneにいったん着目すると

歌のはじめに登場したladyが目にした

壁のsignに関わるコメントも

たちまち気にかかってくる

 

There's a sign on the wall 

but she wants to be sure

'Cause you know sometimes 

words have two meanings

In a tree by the brook, 

there's a songbird who sings

Sometimes all of our thoughts are misgiven

 

signが壁に書かれているが

彼女は確かめずにはいられない

だって言葉は ときどき

2つの意味を持つことがあるから

小川のそばの木で 小鳥が一羽 歌を歌ってる

ときどきぼくたちの考えは

なにもかも疑わしいと

 

sign

看板や標識と訳すべきなのか

「しるし」「きざし」「前兆」などと捉えるべきか

それとも

「記号」「符号」か?

はたまた

「合図」か?

 

そこに拘泥するより

いまは

words have two meanings

twoに注目しておきたい

 

さらに

この連に出現する

two paths you can go by

二つの道の

このtwo

 

If there's a bustle in your hedgerow,

don't be alarmed, now

It's just a spring clean for the May queen

Yes, there are two paths you can go by,

but in the long run

There's still time to change the road you're on

 

あなたの生垣のあたりが騒がしくなっても

心配することはない

そいつは5月の女王を迎えるための

ただの大掃除

そう そこにはあなたが通れる二つの道がある

でも 長い旅になりそうだ

あなたが選んだ道を変える機会は

まだ残されてる

 

これらのtwo

プロティノスに直結するone

緊密に連携している

 

       *

 

作詞のほとんどを

ロバート・アンソニー・プラントが行い

ギタリストのジミー・ペイジ(James Patrick Page)は

それほど関わらなかったとしても

ジミー・ペイジはリーダーとして

作詞内容に多少は関与したのかもしれない

 

『天国への階段』に現われる

プロティノス直結の

onetwoへの言及に気づくと

ジミー・ペイジが

黒魔術師アレイスター・クロウリー(Aleister Crowley)の邸宅を買い

別荘としたことや

アルバム『レッド・ツェッペリンⅢ』に

クロウリーの言葉を引用したことも

意味ありげに見えてくる

 

クロウリーへのそうした接近が

たとえ

ファッションとして魔術および魔術的イメージを利用していただけ

と言われても

ペイジやレッド・ツェッペリンのメンバーたちの

探究への意志が

oneやクロウリーをsignとして

引き寄せたと感じられる

 

       *

 

歌を聴く人たちの気には

あまり留められないのかもしれないが

思念のなかに見える煙の輪

というイメージは

わたしには印象ぶかい

 

In my thoughts I have seen rings of smoke
through the trees

And the voices of those who stand looking

 

ぼくの思いのなかに煙の輪がいくつか見えたのだ

木々のあいだを通して見えたのだ

立ってそれを見ている人たちの声も聞こえたのだ

 

レッド・ツェッペリンの

繊細さ

とでも呼ぶべきものが

こういうところに

見え

ここに気づいてしまうと

このグループのメンバーたちに降臨した

詩霊の揺るぎなさを

確信させられる

 

       *

 

いちばん

この歌が伝えたいものはなにか?

 

いくつもの入り口が作りあげられたのだから

こんなことは

考える必要もないことなのだろうが

音楽と歌詞の結合体として

すなおに捉えるならば

やはり

いちばんのサビの部分を

受けとっておくべきなのかもしれない

 

 

If there's a bustle in your hedgerow,

don't be alarmed, now

It's just a spring clean for the May queen

Yes, there are two paths you can go by,

but in the long run

There's still time to change the road you're on

 

あなたの生垣のあたりが騒がしくなっても

心配することはない

そいつは5月の女王を迎えるための

ただの大掃除

そう そこにはあなたが通れる二つの道がある

でも 長い旅になりそうだ

あなたが選んだ道を変える機会は

まだ残されてる

 

 

Your head is humming and it won't go, 

in case you don't know

The piper's calling you to join him

Dear lady, can you hear the wind blow? 

And did you know

Your stairway lies on the whispering wind?

 

声に出さずに頭のなかで歌っていても

仲間にならないかと笛吹きが誘っていることに気づかなければ

意味はない

親愛なるご婦人よ 

風の音が聞こえないかい?

あなたの求める天国への階段は 

ささやく風のなかにあるのが

わからないの?

 

 

ともすれば

神経を苛立たされる

「あなたの生垣のあたり」の「騒がしさ」は

この世では

どの時代にあっても

どこにあっても

次々と起こり

絶えることがないが

これについて

「心配することはない

そいつは5月の女王を迎えるための

ただの大掃除」

と言い放ち

励ますところなど

ハードロックの面目躍如たるところだろう

あれもこれも

「ただの大掃除」なのだ

It's just a spring clean for the May queen

なのだ

 

 

       *

 

いちばん

この歌が伝えたいものはなにか?

(と

もう一度)

 

もちろん

それはやはり

最後の部分にこそ

込められている

と見るのも

楽しい

入り口がたくさんある

見事な虚室の

『天国への階段』だから

 

 

And as we wind on down the road
Our shadows taller than our soul.
There walks a lady we all know
Who shines white light and wants to show
How everything still turns to gold.
And if you listen very hard
The tune will come to you at last.
When all are one and one is all
To be a rock and not to roll.

And she's buying a stairway to heaven

 

 

そしてぼくらが曲がりくねった道を進んでいくと

ぼくらの影はぼくらの魂より高く大きく伸びてしまう

ぼくらみんなが知っているご婦人がそこへ歩みよってくる

彼女は白い光を輝かせ

すべてのものがどうやって金になるのか

見せようとする

耳を澄ませてよく聞こうとするなら

その調べはやがてあなたにも届くだろう

すべてが一つになり 一つがすべてである時

岩となり 転がり落ちることはない

 

それでも彼女は天国への階段を買おうとしている

 

       *


Our shadows taller than our soul.

これもまた

見事な詩句の獲得だ

 

自分の魂よりも

高く大きく伸びた影に

人びとは

この世でなんと憧れてしまうことか

 

自分の魂よりも

高く大きく伸びた影を

人びとは

なんと容易に

自分自身であるかのように

信じ込んでしまうことか

 

 


 

 

*田中美知太郎訳。「世界の名著15 プロティノス ポルピュリオス プロクルス」(中央公論社、1980)所収。





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