民主主義が
まだ
流行っている
民主主義という
宗教が
民主主義が
わたしは嫌いである
あまりの理屈の通らなさを
平然と
見せびらかしつつ
なにか
よいものであるかのように偉がっている民主主義者が
悪臭を放ちすぎていて
嫌いである
民
と聞かされると
じぶんも含め
そんじょそこらのふつうの人たち
と
いう
意味かな?
と
うっかり
受け取ってしまいがちに
なる
ところが
民主主義の核心
とされる
選挙や議員たちを見ていると
そんじょそこらのふつうの人たち
は
絶対に議員にはならず
金を持っている者
金を持っていてもっと儲けようとする者に後押しされる者
金集めのための疑似宗教集団に推されている者
あたまのきわめて悪い流行りもの好きたちに崇拝され担がれている
などと決まっているし
選びかたは
とにかく
票獲得という名の
数集めであり
量の世界のことであり
質ときては
完全に無視されてしまう
あああ
と
昔は思った
まだ若かりし日の
夢も
希望も
幻想や妄想に
まだ
見えていなかった
あの盲目時代
あの
懐かしき
青春時代には……
あああ
と
いまさら
思いもしないが
あああ
と
落日の凄まじさに
ちょっと
洩して見たい気はある
あああ
あああ
あああ
落合淳思の 『漢字字形史字典』によれば
民という字は
上方部が"目"をあらわし
それを潰すための道具を持つ手の形が加わっている
のだそうな
殷の時代だったか
漢字がたくさん作られた頃は
奴隷が逃亡しないように
奴隷の目を潰すことがあった
という
字としての「民」が語っているのは
民は
奴隷であり
逃げられないように
目を潰して
利用する
という
ことだそうな
なんだか
みごと
「民」という字の真意を
しっかり実現し切った
ニャッポン
あああ
あああ
あああ
ちなみに
「人」という漢字は
人どうしが支え合っている形象なんだよ
と
のたまう人もいるが
奴隷が横を向いたかたちに過ぎない
という説もある
王侯は
そんじょそこらのふつうの人たちを
じぶんたちと同じ種とは
もちろん
見ないのだから
「人」も
当然
奴隷としてしか
見なかっただろうし
奴隷を表わす記号としか
見なかっただろう
あああ
あああ
あああ
あああ
あああ
あああ
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