2025年6月19日木曜日

旧作回顧 歌集「エリウゲナ氏と八時ガザ三区にて」

1991年4月10日 全39首

 

 

色彩事典引くこと多し青き森のほとり少年と青き革命はじむ

 

ホイジンガの憂鬱の来たるかの地帯「欧羅巴」と書けば杳き詩語かも

 

Best of Rachmaninovをくりかえす(なずき)晩夏の一隅涼し

 

皇族警護官その黒きコートより目逸らせば赤き赤き椿は

 

ヴィヴィエンヌ街在住ロートレアモン伯 真なるもの短し、ゆえに永遠

 

いのち暗きさなかに開く地中海地図 真・善・美へとなお向かうべし

 

永続革命という語跡形もなき平成の巷 なお吹き荒ぶ土、砂漠、花

 

これは短歌ではないとダンテあかときの氷柱 瞬間写真術青む

 

すみだ川喰うや喰わずのバリシニコフ 全天恒星図には菫の押し花

 

『さまよえるオランダ人』果つ 今宵も雨いのちの煙る小路にかく立つ

 

メアリ・ジェーンその青き腿ジーンズの内まごうことなき神経の

 

芙蓉急逝 緑原を駆けよかの紫陽花色の道を駆けて急げ

神経の秤はかなむ鶯の舌先ほどか 蘭の愛欲

かぜのたより砂漠のほとりアベスタを火の洗礼書抱えて走る

情欲の仔細を問わばキーラーゴよりいま船出する髑髏丸あり

卑金属革命前夜 アルプスを越えし僧侶と鶸の骨髄


蘭ひとつ捧げて出れば霧晴れてスコット卿よ 我なお孤絶

古死語文法また中断す 媚々とアンナ・パヴロヴァ舞う哀愁座

隠淪のイエス 紅葉に水澱む鶯燕の里を風聞は過ぐ

つかれ強くあかるく(なずき)海と化す エリウゲナ氏と八時ガザ三区にて


われらパリアわれらパリア…… ペンを手に紳士振りよき肖像のヴィニー

昭和末期 今なおミルク・ホールへと老軀あかるき篠村子爵

火夫ひとり死なしめて聖夜 舷側の露木夫人つつむセントエルモ火

橋の霜はらえば若きルクレツィア・ボルジアの目の翳のすずしさ

金剛石相続税納付書来る アメジスト・インクにて記入とのこと

山へひとり逃がれれば…… 重き背嚢に頬こけし若き廃帝のフォト

 

銀座線乗り換えて金座線 冬の蜂あまた死にたるバーデン・バーデン

国際ジョイス学会佳境に入りぬ『わが父の名誉』一冊隠れ読みおり


金星探査計画変更➡➡➡✖✖◆ブラックホール・ソナタのタベ明日


旅なかば胸のうちなる屈原の湖 言葉なき世紀児われは


十七日十八日と空欄の日記(にき) ただ海の青にときめきを訊け


「マリ・クレール」渚にひらく 初夏の純粋性開花的乙女


みずうみにひとり身浮かべ朝を行く 湖中水人感応をせよ

インク壺黒々とありその重きしずけさ破る一閃の歌

生きよしかし生きることなく 公園に焚かるる蓼の芽の証、わが証

炭鉱に死せる唯一の叔父のフォト解かれしままに靴、抵抗は

蜥蜴溶かす 渡河の咎科人通り雨過ぎ去る際を五歳の記憶


「愛憐歌集ひと揃い千円」はためきおり 晩夏一日(ひとひ)を花嫁の父

象印魔法瓶エレナ抱きて駅に入りぬ 黒衣燦たるボオドレエルか

 

 

 

 

【初出】雑誌「NOUVEAU FRISSON(ヌーヴォー・フリッソン)」5

             [1991年4月10日]

           (編集発行人:駿河昌樹 

               編集委員:駿河昌樹/川島克之/須藤恭博 

               発行場所:東京都世田谷区代田1--14)




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