2014年6月2日月曜日

やはり時刻は9時すぎを



机のわきに古い時計があって
それを見ながら時間を確かめるようにしているのだが
ちょっと時計が狂っていたらしい

日が暮れてから
夕食を作るまではまだ間があるので
夜7時ごろから
ちょっと調べものをしたり
メモをとったりしていた

時計が夜9時をすこし過ぎたので
そろそろかるく夕食を作ろうと思い
机の上を片付けて台所に向かった

台所には西向きに大きな窓があって
それは高原の草原や森にむかっている
夜9時過ぎともなればもちろん闇しか見えず
大きな暗闇にむかいながら
料理を作ることになる
カーテンをつけていない窓だ

ところがこの時
台所のその窓から見えたのは
あざやかな夕日だった
オレンジと赤のあいだの濃い色が
西空にひろがって
熟れきった巨大な宇宙卵の黄身をみているようだった

さっき調べものやメモをはじめた時点で
たしかに夜の7時ごろだったし
とうに暗くなってもいたのを覚えているから
2時間近く経ったのに夕日が見えているのはおかしい
でもほんとうに見えている
さっきは暗かったのに
目の前にはいま
あざやか過ぎるほどの夕日がある

おかしいなあと思いながら
スマートフォンの時刻表示を見てみると
時刻はやはり9時すぎになっていた
机の時計とおなじ時刻をあらわしている
おかしいなあと思いながら
もう一度見直すと
スマートフォンの日付表示が6日になっている
おかしいなあ
今日は2日のはずだったが…
と思いながら

待てよ
もしほんとうに6日だとすると
3日や5日に予定されていた大事な会合を
すっぽかしてしまったことになるし
だいたい何日も仕事を休んでしまったことになる…
そう思うと気持ちが焦ってきて
いったい自分はなにをやっていたんだろう
この数日どうしていたんだろう
そうだ
手帳を調べてみよう
毎日その日その日の簡単な記録を書くようにしている手帳を
そうだ
新聞の日付も調べてみよう
毎朝届く新聞はどうなっているだろう

そう思って居間のテーブルを見に行ってみたが
数日分の新聞は見当たらず
ひょっとしてポストから取っていないのかと
玄関まで行ってポストを開けてみると
新聞はなくて
そのかわりにハガキが数枚
さっと目を通すと
〈3日にはひさしぶりお会いできて嬉しかったです…
〈5日のお話の件ですが、もう一度細かいお話をしたいと思いますので…
などといった内容で
どうやら3日と5日の会合には出たかのようで
すべては滞りなく進行していたらしい

そうだ
スマートフォンのメールは…と思い
チェックしてみると
〈今日ははやめに帰っちゃったんだね。遅くまで社に残っているようなら、
〈いっしょに食べていこうかと思ったんだが、
〈また明後日あたりにでもどうだい?…
と同僚からのメールが入っている
どうやら日々の勤めも
支障なくこなしていたらしい…

とにかくも大丈夫ということだと
焦りも引いて
いくらかホッとしたアタマで
つらつら考えてみて
やはり
わからないのは
こんな人里離れた高原の大きな別荘を自宅として暮らしていながら
毎日会社に出勤し
時どきの会合にもしっかり顔を出して
それなりに久闊を叙したり
重要な要件を話しあったりしているとはどういうことか
記憶もしていないのに
それらをどうやら
統合している感覚さえなしに
別個にやり遂げているらしいわたしとは
誰で
どんな人間なのか
ということなのだが

スマートフォンの時刻表示を見直しても
玄関から居間にまた戻って
表面のガラスに夕日の反映が映りこんでいる置時計を見ても
やはり時刻は9時すぎを
いまは
9時15分ごろをはっきりと示している







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