その夢の中には奇妙な居酒屋があって
なにが奇妙だと言って
ぼくが住んでもいない古い民家ふうのぼくの自宅の木戸の便所のわ きに
客用の最上席のテーブルがあって
そこに客たちが当たり前に座って宴の真っ盛り
宴たけなわの客用のテーブルと便所の間近にふつうの押入れがある が
客たちのガハガハ笑いや音程の狂った歌を聴きながら
「そういえば、あれ、あるかな?
「使っていない布団の重なった奥にでも?
とふと思って
長らく覗いたこともない押入れを掻きわけて
奥まで入っていくと
重なっている布団を剥いでも剥いでも
剥いでも剥いでも
まだまだ別の布団が重なっている
いくら長らく覗いたことがないといってもふつうの押入れなのだか ら
そんなにたくさんの布団が重なっているわけもないのだが
夢現実というものの恐ろしさ
剥いでも剥いでも重なっているのだからしょうがない
しょうがないから剥いでいく
こつこつ剥いでいく
まだまだ重なっているのを剥いでいく
めげずに剥いでいく
と
ようやく最後の布団を剥ぎ終って
めでたしめでたしと口ずさみたくなったが
探していた「あれ」は見あたらず
徒労であったなと残念に思っていると
禍々しい色とりどりのナンバンギセルのようなものが
ひょろひょろと細く立っていて
なんだろう、これは
ひょっとして湿り気のせいでキノコでも生えていたかと思う間に
それは見る見るうちにさらに伸びて
茎とあまり変わらないような枝をいくつか横に伸ばし出し
ひょろ長い生物のように枝々を動かし出し
しかも極彩色のまだらの
どこかで見たヘビやトカゲのような毒々しい柄で
全身がマーブル状に彩られているので
植物なんだか動物なんだか菌糸類なんだか
なんとも判断のつかないような雰囲気を醸し出していて
ずいぶん気味の悪い姿をしているが
そこへ来て枝々を上下左右に振っているので
よけい気持ちの悪いありさまで
どうしたものだろう
ちょん切って捨ててしまっておいたほうがいいだろうか
と茎の下の方へ手を伸ばそうとしたら
枝々の先っぽから急に
ペッ!
というぐあいにまわりに液体をまき散らし
ぼくの手や胸にも掛かったので
拭い取ろうとしてみると
ベタベタベタベタベタベタしていて
容易には取れないどころか
取ろうとする指や手のひらにさらに
ベタベタベタベタベタベタ伸び拡がり
どうしたらいいものか
どうにもならないまゝ困り果てて
けっきょく
その夢から覚めてしまうことを選んだのだった
覚めて目を開けながら
いまだにありあり見えるような毒々しい
禍々しい色とりどりのナンバンギセル様のひょろ長い生物と
その枝々からペッと吐き出された粘液の
どうにも取れ除けない触感とを思い出しながら
しだいに現像で映像が浮かびあがってくるように
ぼくにわかってきたのは
この奇妙な生物がよくカルマと言われるものの比喩的な映像であっ て
意識の奥の忘れていた押入れの奥の奥にいつのまにか生えて
幾重もの布団を剥いで見つかるそれを引き抜こうとすると
ベタベタベタベタベタベタする粘液を吐きつけてきて
こちらをわずらわせるということだ
これに対してはてっとり早い処置というものはなく
こいつを見つけるたびに粘液を吐きつけられて
不愉快な思いをし続ける他にはまるで方法がない
幾重にも重なった古い忘却のかなたの布団を剥ぐのをよせば
この禍々しいナンバンギセル様のひょろ長い生物を見ないで済むも のの
押入れの奥にたくさん積まれた布団を剥がないわけにはいかず
一時その作業をやめてみたところで
いずれはまた押入れに戻って布団を引き摺り出し続けねばならず
そうなれば避けようもなくこのナンバンギセル様のひょろ長い生物 と
遭遇し続けないといけなくもある
気の遠くなるばかりのこの作業を
しかし
ぼくは延々とこの先続けていける気力が自分に漲っているのを感じ るのだ
とはいえ
あゝ、意識の奥にある押入れの数ときたら!
それもあまりに多くて
もう無数と言ってもいいほどで
しかも
すでにわかっていることなのだが
どの押入れもぼく以外のたくさんの人々の意識と繋がっている!
あの禍々しい色とりどりのナンバンギセル様のひょろ長い生物も
もはやぼくだけの意識の中に生えているとは言えないのだと
わかりすぎるほどよくわかっているのだ!
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